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夏こそSF小説



唐突だが、暑いのでSF小説小説を読みたくなった。

SFというと、自分の世代に思い浮かぶのは

・SF小説
・スーパーファミコン

この二つ。

中学までSF=サイエンスフィクションのことをスペースファンタジーだと誤解していた。
今思えばそれを人前で言ってはいないと記憶しているので、どうにか安心している。
久々にしっかりしたSF小説が読みたいのである。


当時、高校生の長兄がSFアドベンチャーというSF小説雑誌を愛読していた。

cdvsdvsvese


その雑誌を兄貴の部屋にこっそり入って(こっそりでもないが)小学生の頃よく読んでいたっけ。
生頼範義の(スターウォーズのポスターや光栄の三国志シリーズのイラストレーター)迫力ある絵が印象的だった。俺は、この本でロジャー・ディーンを知ってデザインの世界へと誘われることになったのだ。あの時、SFアドベンチャーを読んでいなかったら、田舎で百姓でもしていたかもしれない。なんてことを考えたりしちゃったり。

読む前に、SF作家といえば?と考える。
俺は作品ではなく作家で読むという癖がある。
逆に言えば、どんなに評判がよかろうと知らない興味もない著者の作品を読むというのは滅多にない。
付け加えていえば、タレントや芸能人関連の著者はまったく読まない。
それがどんな名作でもだ。
ここは我ながら、了見が狭いと思うのだがそれでいいと思っている。
というより、タレントや芸能人がSF作品を執筆したという記憶はないので読めないというのが正しい。
SF作品を創るということ、は空想の中で非現実の物語を紡いでいく作業だろう。
特定作品や著者をDISるわけではないが、伝記的己語や告白本などの類は筆の速いゴーストライターがいればすぐ完成する話である。
自分にとって読む暇も価値もなく、アプリの習得本を読んでいたほうがよっぽどためになる。
まぁ、最近のあれですよ。サカキバラの件とかね。出版にも最低限のモラルはあってもいいと思うだが。
あれで表現の自由を謳うのはまったく的外れな気がする。

おっと、また横道に逸れて側溝に足がはまった;
よっこらせっと…。

さてさて、SF小説というと、スタンダードなところで言えば、H.G.ウェルズやジュール・ヴェルヌ、はたまたジョージ・オーウェルやアイザック・アシモフであったり、アーサー・C・クラークであったり、ロバート・A・ハイラインであったり。名作家多すぎ!
猫好きならロバート・A・ハイラインは読むべきである。今なら季節にもあう「夏への扉」がお勧めだ。
レイ・ブラッドベリやコナン・ドイルもいいが、ちょっと新しいとこでは、マイケル・クライトンなど数学的知的欲求を擽られる。

フィリップ・K・ディックはちょいとハードルが高い。
面白いのだけれど、翻訳者の力量によるのか、途中でわけがわからなくなる場合がある。
それとも俺の読解力が乏しいのか。作品によってはうんざりするほどオリジナルの固有名詞がでてくるし、起承転結のシナプスがぼやけてわけがわからない。未知のガジェットの名称が多数出てくるともうなにがなんだか。読むならショート作品のほうがわかりやすい。
W・ギブスンはニューロマンサーでギブアップ。
千葉シティが世界の電脳ネットワークの中心となる設定は面白い。でも千葉はやっぱり千葉のままだな今現在も。
著者はブレードランナーの映画を観て自作品の世界観そのままだったというので愕然としたというが、映画化の話がポシャったあとの話らしいのでお気の毒だ。

時計仕掛けのアントニー・バージェスはスラング調の造語がところ狭しと連発されるが、わかりやすくて非常に面白い。また、あの時代にこの発想ができる著者の先見性と未来のガジェット類は圧巻。映画が素晴らしかっただけに小説もと読んでみたが、これまた面白かった。バージェスは他作品も非常に面白そうなのだが、残念なことに読んでいない。当時は日本で翻訳されて出版されていなかったと記憶している。

ダニエル・キイス。誰もが知ってる「アルジャーノンに花束を」。
立派なSF小説で多くの著者が影響を受けたであろう伝説の作品。
恋愛小説が大好きな人も読めちゃう至高の一冊である。でも悲しくなるので俺は何回も読み返してはいない。
映画もよくできていた。後にトム・ハンクス主演の「ビッグ」という映画を観たが、テイストを変えたアルジャーノンだなと思ったり。

海外のSF作家もいいが、日本だって優秀なSF作家はいる。
星新一、小松左京‎、平井和正‎、 半村良、 高千穂遙、筒井康隆‎、山田正紀、 栗本薫‎、夢枕獏

数え上げればきりがないが、最近のラノベ作家は残念ながらこの範疇には入っていない。
ラノベに貴賎をはるわけでもないのだが、あれは小説で読むよりアニメで「観る」のが一番だ。
最近の若い作家は創作する作品の作画の完成系まで見えて創っているように思う。
流行りのキャラデザにも萌えやハーレム設定。おのずと世界観が同一方向に流れている錯覚を起こす。
少し読んではみたが。どうしてキャラクターが2次元アニメの流行りの作画に脳内変換されて、どれも似たような顔になってしまうのだ。それは先入観以外のもので何者でもないが、俺はラノベはアニメでしか観ない。
もちろん面白い作品はあるのだが、ラノベは読むより観るのが俺にはあっている。
作家も不憫であるのが、ラノベに括られるようなライトな作品ではなく設定もかなり練りこまれているにも関わらず、作品自体の質を軽くみられがちなものもあるだろう。
読んでみれば面白いのにと思うものでも、知らずに濾過されて通り過ぎていくのはもったいない。

最近、ひとつのジャンルが確立しつつある。

それは、オンライン物、ネットワークゲーム物。
ネトゲをベースとして世界観を構築していく作風である。

小説ではわからないが、アニメでは.hackが一番最初なのだろうか。
記憶しているのは、当時、FF11や信長の野望オンラインがサービス開始されて、日本でもようやく一般のゲームユーザーたちがネットゲームなるものに手をつけはじめていた時だった気がする。
それから、.hackシリーズを経て、SAOをはじめとするネトゲベースの作品が台頭し始めた。
現在はオーバーロードが新しいのかな。見てみたが出発点がゲームのサービス終了から始まるところが面白い。

しかし小説ではすでにこの手の作風の元となるバーチャルゲームを題材にした作品は数多い。
フィリップKディックのショートストーリーでもすでにオンラインゲームのようなバーチャル・アースを創って競うゲームの話などもある。藤子不二雄のどらえもんや魔太郎が来るでも同じようなバーチャル・リアリティを題材にした作品があるが、間違いなくなんらかの小説からインスパイアされているのは明白だ。手塚治虫や石森翔太郎、藤子不二雄だけではなく、この当時の漫画家が如何に欧米のSF小説を読みあさって勉強していたかが伺い知れる。

未来予測。そして、ネットワークで世界中の人々とつながりリアルタイム。コミュニケーションが可能な世界。昔のSF作家たちはその時代の到来を誰よりも科学者よりも速く予見していたのかもしれない。

ネトゲを題材にした作品は漫画や小説などすでに若い作家たちがこぞって題材にしていることだろう。
残念なのは、それらも悪くはないが、俺個人としては高千穂遥のような作品が好きだ。ドタバタと主人公たちが暴れまわるスペース活劇の作品が増えてほしいと思う。

クラッシャージョーやスペースコブラアウトロースター、カウボーイビバップ。
新しいとこではスペースダンディなどのスペース冒険活劇はとにかく面白い。

SF作家のウィルスン・タッカーが一番最初に「スペース・オペラ」という言葉を用いたらしいが、「スペース・オペラ」というと、スターウォーズが一番はまるのだろう。
俺は残念ながらスターウォーズ・シリーズはあまり好きではないが。
古くはエドモンド・ハミルトンのキャプテン・フューチャーはとにかく最高にクールで面白すぎる。NHKでアニメの放映をしていたが、リメイクで現代版キャプテン・フューチャーも見てみたい。宇宙学、物理学、量子力学と様々なロジックを組み入れたアニメで当時は子供ながらも宇宙の深淵について考えたものである。これをハリウッドでやってくれないだろうかと真剣に考えたり。

よし、結論。

ロバート・A・ハイラインの「夏への扉」を読み直すか。
いつ以来かわからんが、とにかく夏に読む一冊はこれに決めた。
昼飯がてら岩波書店にレッツゴー。
こういう時は神保町界隈で仕事をしていることを幸いに思う。

読書の夏でもいいじゃないか。

では良き週末を。
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凸

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