凸が目覚めると、かずはの姿は消えていて置き手紙があった。
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にぃにへ
助けてー!どらえもん
ではまたね!
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美代はとっくに目覚めていて、朝餉の支度を手伝っていた。
「かずは、相変わらずフリーダムな奴…」
朝餉を済ませると、慇懃に礼を言ってそのまま老婆の家を後にした。
老婆が何者かは不明のままだが、多分、さるところの良人であったろう。
何か無礼があってここまでおちて来たのかもしれない。
あの巻物に書いてあった内容…。
褪色著しく詳しい内容は不明であったが、記しているのは烈風記とある。
武田は近い将来、同性愛者と七垢の巣窟になるだろうと記してあった。
昔は夫婦もんが多かった武田がなぜそのようになるのかは皆目わからない。
わからないけど恐ろしい。
人は見えない不安定なものに恐怖する。
凸は予言にも似たその内容に怖気が走るのを感じた。
美代の顔は相変わらず、屈託ない笑顔を見せていた。
旅の終わりも近い。
「もうすぐだな」
声をかけると美代は大きく頷いて路の果てを見ていた。
─尾張名古屋。
商人風の男一人、茶屋の長い床几に座って足を組んでいる。
日和がいいので町娘なども黄色い声をあげながら茶菓子を口に運んで楽しんでいた。
手元に置かれた湯のみを取ると、中身をがぶがぶと喉に流し込む。
「三浦ぁ!!」
叫んだ声のほうを見やると馴染んだ顔がある。
「おぅ。凸っつぁんか」
「凸っつぁんかじゃねぇ。ツケ払えこの野郎!」
「おいおい、いきなりだな…。ん?そのめんこい娘っ子は?」
「馬鹿野郎、おめーの娘だ」
「は?」
三浦は口を開けてポカーンとしている。
「は?じゃねぇ。てめぇの種で生まれ来た娘だよ!よっく見てみろ」
「え?いや…おいちょっと待て」
「野郎…この期におよんでしらばっくれるとか、ありえねぇ。まずツケ払え、そして今までの面倒料を耳をそろえて払えってんだドサンピン!」
「い、いやいやいや…何か壮大な勘違いしてるだろこれ」
三浦は変わらず動揺しながら否定をした。
「おめぇ…親としてより人として最低だな…。こんな可愛い娘をほっぽって、こんなところで与太こきやがって…。普通なら娘を抱きしめて涙のひとつも流す場面だろうがこのすっとこどっこい!」
凸は額に青筋を浮かべて激昂した。その剣幕に周囲の客も何事かと集まってきた。
「いや…凸つぁんよ。よく聞けよ?」
「なんだ、とっぽい言い訳かますんなら本気でくらすぞ」
「…俺はなぁ、童貞なんだよ」「あ?」
「まぁ素人童貞ってことだ。それにやるときゃゴムつけてるしな」
「……おい、法螺ならもちっとましな…」
「冗談でこんなこといえるか。それに俺は子どもは好きだ、大好きだ。ほんとに好きだ。まじ好きだ。でも種無しと医者から診断されてんだよ」
「……」
「そんな俺がどうやって、子どもを作れるんだ?あ?」
「……し、しかし、現にこうして美代がいるんだぞ」
「何かの勘違いだろう。俺は関係ないよ」
凸は困惑しながら美代を見た。
美代は凸を見ながら悲しそうな目で見つめていた.
「さよなら、おじちゃん」
その瞬間に音もなく美代の姿は消えた。
「あれっ?おい美代!美代!!」
三浦は訝しむ顔をして凸に声をかけた。
「おい、何をそうとっちらかってんだい。美代って誰だ」
「ああ?今ここに連れていた娘っ子だよ。どこいった?」
「はぁ?あんたさっきから一人じゃないか。寝ぼけてんのか?」
「……なぬ!?」
美代は姿を消した。
わけのわからないことに、美代がいた記憶は三浦からすっかり抜け落ちている。
凸は三浦からすこしばかりのツケ払いをもらい、甲府へと戻った。
しばらくして、三浦が武器横流しの罪で捕縛されたが、島流しとなった。
北斗はレプリカ製造がばれて国友村から破門されて今では雑賀で百姓をやっている。
かずはは、国友レプリカを役人に咎められて百たたきの刑の上、私財を没収された。
それにより少しスリムになって小躍りして喜んでいたという。
タツヲと周防は相変わらず諸国漫遊の旅をしながら自分探しをしている。
木乃は甲府にスポーツジムを開いて多角経営の実業家になっていた。
アントキは変わらずあの浮世離れした地で優雅に暮らしていることだろう。
5年の歳月が流れた。
凸は変わらず甲府で飲み屋をやっている。
美代のことをたまに思い出したりもするが、せんないことだった。
妙な旅だったが、不思議と昨日のことのように鮮明に記憶が浮かんでくる。
思えば三浦がツケとかしなけりゃ、あんな旅はしていなかっただろう。
「ういーす」
「らっしゃい」
暖簾をくぐって派手な衣装をしつらえて入って来たカブキもの。
藤井駿河守だった。
今は今川を出奔して弛緩先を探している。静電気のようにくっついていたあの時の女はもういない。
「いやぁ冷えるね今日は」
肩をすぼめながら正面に座る。
「まったく。立春も過ぎたってぇのにな」
一升瓶から酒を徳利に注いで出す。
藤井はするっと杯を受け取り、徳利を傾けて杯を満たした。
「ふぅっ。寒い日にはこれが一番さね」
「あんた年中いってねぇかそれ」
「はは、ちがわねぇ」
藤井は突き出しをほおばりながら、また杯を満たす。
「そういやさ…信長公が襲撃にあったらし」
「へぇ、そりゃ豪儀なことだ」
「それがなんでも、本願寺の生き残りだとか言ってさ、奥に入り込んで襲撃をかけたそうな。それがまた驚くことにえらい別嬪とのこと」
「ほぉ」
「でも、あっさり失敗。信長公は敵に関しては残忍だからねぇ。捕まったら最後、女子どもだろうが容赦ないよ。今日処刑されたそうだが、素っ裸で張りつけ獄門、槍でつかれまくって、むごいもんだったらし」
「ふぅん…」
凸は何かひっかかるものを感じていたが、それが成長した美代だとは思いもよらない。
その夜の客は藤井一人だった。
藤井が千鳥足で帰っていくのを見ながら、暖簾を下げた。
「ん…?」
店に入ろうとすると、暗闇の中から「もし…」と声をかけられた。
振り向くと、なんとも美しい娘が白い狩衣を纏って微笑んでいた。
「あ、今日はもう…」
凸がそう言うと、娘は首を振って何かを語りかけてきたが、凸にはよく聞こえなかった。
「あっ!お前…まさか」
娘は手を振りながら暗闇に融けるように消えていった。
どこかで琵琶の音がかすかに聞こえた気がした。
嫋々たる春の闇。
どうしてか自然と涙が流れて来た。
闇の中に美代の笑顔がうっすらと浮かんでいるように思えた。
【終】
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