今週のビックリドッキリ。
あ〜〜〜;だる。寒いので風邪引きました。
だいぶ良くなったけど、まだまだ本調子ではない。
ああだるす。ぐしゅぐしゅ。
先日、大阪のガガッチから電話きて、現在ネットゲームは何もしてないぞーとのこと。
やっぱ歳だな、やる気が起こらんとか言ってたが、年々あらゆることにモチベが低下するのはしょうがない。
ネットゲームももうだるいよな。さすがに。若けりゃまだまだ現役でびんびんだっただろうけど、さすがにダメだ。
歳くうと無性に自然が愛おしい。俺も例外にもれず愛おしい。
亡くなった知人も飲むとしきりに言ってたっけ。
でも、おっぱいは相変わらずいとおかし。関係ねーか。
田舎で幼少は農家の大地主のでかい借家住まいだったので、逆に子どもの頃は田舎がとてつもなく嫌だった。
自然はいっぱい。しかし虫は多いわ、臭いわ、古いわ。
そんな古い作りの借家は、母屋もでかく共用の庭で三角ベースができるほど広く、牛、豚、鶏がいて、あたりは一面畑。
親戚や知人が遠方からよく来たが、皆一様に驚いていたものだ。車なんざ10台以上停めれたし。
家の下に下ると竹やぶと川があり、山も近い。遠いのは海くらいなもんである。
長男、妹、弟は県立の農業高校で俺もいかされるとこだったが、断固拒否して普通の県立高校へ。
アニメで銀の匙なんかを見て、「ああ、俺も農業高校へいけばよかったかな」とちょっと思ったりする。
飯がうまそうなだけなんだけどね。
実際の農業なんざ、目の前で大家が1年365日泥だらけになって働いてるとこ見てるから、俺にはとてもできねー。
身体が資本だから頑健な身体とねっちこい神経質さ、あと勤勉さがなと無理。あっても災害にやられたらはいおじゃん。
あの頃は、泥だらけで働いているあの人たちを見て、農家だけは嫌だと思ってた。
とにかく、すげえ豪邸にすんでて金持ちなのに大家夫婦はドケチだった。
いまにして思えば、赤の他人に無償で施しをするような百姓なんざいないわけだが。百姓は金にシビアだし。
朝は早いし嵐の夜も見回りしたり、とにかくよく働いていた。汗水たらして稼いだ金をおいそれと他人に渡す奴はいねぇか。
その大家も息子が結婚して歯医者を開業するも、嫁に金を持ち逃げされるわ、おばさんは事故で頭を打って脳梗塞だわ、おやじさんは逝去するわで、一生懸命働いて来て最後はそれかという感じなわけだが。
でも、野菜とかうまかったのは覚えてる。キュウリやトマトや大根、白菜、水瓜にカボチャに茄子にピーマン。
なんでも作ってたっけ。よくよく考えてみればあの人らはすげぇスキル持ってたんだ。
庭ではでっかい豚の去勢をやったり脱穀したり。
手はごつごつして岩みたいに固く土の色がこびりついていた。今でこあれこそ働く人の手だと思うわけだが、当時はガキだしわからんかった。何十年も土と格闘してきた証だったのであるね。
だから憧れとかで、農業やるとか無理なのは誰よりも知っている。だから百姓はすげぇだなとこっちに来てから思うようになった。あの頃の田舎は「思い出ぽろぽろ」まんまだったよまじでまじ。
もう声は届かないけれど、ここで大家さんたちに謝っておこう。
畑を悪ガキどもと荒らしてごめんなさい。牛をからかって角をぶちおってごめんなさい。野球をやって小屋のぼろぼろにしてごめんなさい。竹薮の竹を切りまくってごめんなさい。
ガキの頃のことだが、非常に申し訳なく思う。思えばほんと悪いガキだったなぁ。反省してまーす。
ま、それはもういいとして、とにかく風邪をひいたらサムゲタンと思っていたが、作るのだりーからやめた。
味噌汁で十分である。
さて、俺も信オンどころかネトゲ、いやオフゲーすらやってない。
たまにやるのはスマホのアプリで暇つぶし程度。
信オンとかどうなってるんかな。
ログ・ホライズンとか見て、ああ、信でもあったなぁこーいうのとか感慨深げに見たりするが、今じゃすっかり隠遁生活。信2がでたら復帰も考えるが、当分なさげたんね。凸かなちぃ。
じゃ何やってるのかと言われれば、自分探しの旅に決まってるじゃんよと答えるダンディ、サンディ、ベルダンディー。
今年はWCもあるし、いいともも終わるし、色々節目の年になりそうである。
とりあえず旅計画を進めよう。
ほいじゃ。ぐすぐす。
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