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さや 【弐】

甲府にある躑躅ヶ崎館(つつじがさきやかた)の毘沙門堂に二つの影があった。

ひとつは座していても、その体躯からかなりの巨漢とわかる。
もうひとつは、小さく影の輪郭も細い。

巨漢の影は、甲斐武田家第19代当主 武田信玄である。
戦乱の魔王と呼ばれる織田信長が、最も怖れ常に警戒していたのが信玄と言われる。

座していても目に見えるほどの「気」が信玄の身体を覆っている。
信長が魔王なら信玄はまさに魔人神である。

「千代、件の首尾のほうはどうであろう」

信玄がそう問うと、千代と呼ばれた影は平伏しながら短く答えた。

「はい。上々にござります」

まだ幼さの残る澄んだ声で答えた。

望月千代女。このときまだ16歳であるが、その明晰な頭脳と卓越した術は武田忍軍の中でも随一と目されていた。信玄の命により、歩き巫女と呼ばれる間諜集団を作り上げることを任ぜられている。

歩き巫女の最大の利点は、国を自由に行き来できる点にある。
男は土地に縛られ、自由に動くことはままならない。
彼女達は関所も手形いらずで通過でき、芸を行なって旅先の民家に宿泊させてもらうこともできた。

クノイチと呼ばれる女忍者のイメージは後年の伝奇小説によるもので、実際には戦闘による術などはまず使わない。情報収集が主となり、町人などにまぎれて密かに活動を行なうものである。

信玄は戦においては、数の優位性を否定していた。半分の兵力でも、見せかたによっては倍以上に敵を欺く事ができると家臣達に教えている。その信玄が情報戦を最も重要な要素として考えたのは、当然のことであろう。

いつの時代も敵の情報を握ることは、有効な対策を企てる機会を得る。戦力が拮抗している相手ならば、弱点を探り利点を活かして、最も有効な戦略をしいて攻める事が可能だ。

さらに、信玄は女というものの力をよく理解していた。
男では入り込めない、得られない情報を女は容易く入手する。

歩き巫女の育成は、戦略上の急務の課題であったろう。

歩き巫女は、国各地を遍歴し祈祷・託宣・勧進などを行なうとあるが、おそらくは、地理学、
薬学などにも精通し、時に応じては性戯をもって閨での情報収集を行なっていたと思われる。

歴史は男が創るものだが、女は歴史を動かす。
戦乱の世には史実には語られない苛烈な陰の戦があった。


信玄はその大きな眼を見開いて、千代を手招きした。

「ちこう寄れ」

千代は軽く頭を下げて音もなく信玄に歩み寄った。
堂内は暗く毘沙門天の仏像を前に蝋燭が囲むように置かれている。

橙色の灯りの陰影に映し出される千代の顔は、息をのむほど美しかった。
一時は妻となり、幼いながらも覚悟を決めた強さが見てとれる。

背は低く流れるような黒髪を背中に垂らしている。
端正な顔立ちに匂うような優雅な挙措があった。

薄く笑っているような白い表情と紅をのせた唇が、凄艶な色気を映し出している。


「親方様…」

ゆっくりと信玄の前に立つと、衣服をさらりと脱ぎ捨てて擦り寄っていく。

信玄は身体の中に納めるようにして、千代を抱きかかえて愛撫をした。
千代は低く呻きながら、身体を震わせた。

さやが信玄のものをおさめ上下に動き出す。
さやを貫ぬきながら信玄は短く言った。

「もはや猶予はない。急ぐのだ」

「御意。千代におまかせください…」

答えながら、さやは隆起してくる信玄を受入れて激しく動いた。

やがて、ふたつの影は重なり合いながら歓喜の絶頂を迎えていた。



棚通りにある米問屋のだるま屋から、大三元兼之介が暗い顔で出てきた。
眉間に皺を集めて考え込んでいる。

だるま屋は、さやが7つの時から奉公している店だった。
さやはもう一奉公人ではなく、まるで娘の待遇で扱われていた。

だるま屋の夫婦は、さやをゆくゆくは長男の嫁にと考えていたようだ。

「はぁ…」

ため息をつきながら、兼之介は突から言われた期限を考えていた。
今より一月後、迎えにくると言った。

だるま屋に顔を出したのは、夫婦に話をするために来たのである。
おいおい、夫婦のところに公に沙汰がくるだろうが、先に知っておいたほうが良いだろうと思ったからだ。

幸い、さやは今日は暇をあげて出かけているとのことである。
いてはさすがに話しづらいのだが、遅いか早いかの違いだ。それでも、今それをさやに告げるのは躊躇われる。

さやはもう、帳簿をまかされるほどに信頼され、実質は番頭よりも頼りにされている。
立場上、下働きの端女にはしているが扱いはもう愛娘の如く可愛がっている。

それもこれも、さやの利発でいて天真爛漫な明るさと、優しい性根のおかげでもあった。

夫婦は話を聞いて相当落胆していた。おかみに至ってはわんわん泣き出し、主人がなだめるのに必死だった。
しかし、これを断るは不忠になる。せめて、いる間だけでも親のような真似事をしてあげようと涙ながらに語った。


さもありなん…。歩き巫女になるは人としての生き様を捨てねばならない。さやが、この世にいたことすら語る事ができなくなるのだから…。


兼之介は、夫婦以上に残念でならない。

寺子屋の子供達は姉のように慕っている。実質、さやが子供達をまとめているようなものだ。
さやがいなくなったら…。

そう思うと、やりきれない絶望感が込上げてくる。

空をふと見上げると、いまいましいことに快晴で爽やかな卯月の日和だ。
気づくといつの間にか、町を外れた橋の袂まで歩いてきていた。

小さな橋の下には、清らかな青流が流れる小川があり、周りには田園の緑が広がっている。


「あっ!先生」

声がするほうを見ると、橋の反対側にさやがいた。

寺子屋でしか顔をあわせることがなかったが、最近は店が忙しく顔を見せる事が少ない。

さやは、亜麻色の長い髪をなびかせながらてを振りながら走ってきた。

「さや」

「先生、ご無沙汰しております」

息を切らしながら、にこにこと笑顔を向けてきた。

それにしても、ますます美しくなる。
体つきも丸みを帯びて、若くたおやかな身体がはちきれんばかりに主張していた。

無論、さやはそんなことは自分で気づいていない。
女が自覚していない美をふりまくのは、成人の男にとっては酷であった。

兼之介はさやの紺碧の瞳にじっと見られるのが苦手だった。
なんとなく、こちらの考えを読まれている気がするのである。


「どうしました?」

そう問われて、言葉に窮した。

「い、いや何。ところでお前は使いの帰りか」

あわてて、話題を反らして逃れるがさやの顔をまともに見れなかった。
それは、件の話もせいでもあり、どことなく後ろめたかった。

「ええ。ほらこれ!与兵さんのとこで茄子の苗木を分けてもらったんです」

「ほう、茄子か。漬けると美味いな」

「わたしも大好きです」


そう言って、さやは太陽のように笑う。

兼之介は、少し考え込んで意を決したようにさやを見た。

「さや、少し時間はあるか?」

「えっ?あ、はい。今日は店もお休みなので」

「そうか。よし」

兼之介はさやを少し離れた高台の丘へと誘い、並ぶようにして座った。
丘からは城下まで一望でき、見晴らしは最高だった。

「先生、お昼まだじゃないですか?」

「ん…。ああ、そういやまだだな」

さやは苗木の袋とは別に、持っていた風呂敷を広げると、笹に包まれた握り飯と漬け物があった。

「弁当か。用意がいいのう」

兼之介が感心して言うと、さやは舌をペロッと出して照れている。

「今日はお休みを頂いたので、用事がてら少しより道をしていこうと用意していたんです」

「相変わらずさかしいな、さやは」

兼之介がそう言って笑うと、さやも同じように手で口を抑えながらクスクス笑い出した。

さやから、握り飯をひとつもらい口にほおばる。
黒い海苔をまきつけて、中には梅干しが入っている。


「美味い!塩加減が絶妙だの」

「よかった。それわたしが握ったんですよ」

「そうか。しかし、黒海苔とは贅沢だの」

「わたしもそう言ったのですが、女中頭の早苗さんにいいよと勧められて…」

「なに?あのケチな女中頭がそう言ったのか!こりゃたまげたの」

兼之介が目を丸くして驚くと、さやに早苗さんは倹約家だけどいい人なんですよとたしなめられた。
漬け物をゆっくりと噛みながら、城下を見るとひとすじの河が南西にいくつもの筋をつくって流れている。

「さや」

「はい?」

「ゆく河の流れは絶えずして…」

さやは、それに答えてすらすらと流れるように朗読した。


「しかももとの水にあらず。淀みに浮ぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたる例(ためし)なし。世の中にある人と、栖(すみか)とまたかくのごとし…」


「うむ。もういい」

「もぅ、最後まで覚えてますのに…」


さやは、口を尖らせてなじるが、兼之介は笑いながらなだめた。

鎌倉時代の歌人・鴨長明作の方丈記の一節である。


「知らず、生れ死ぬる人、何方(いずかた)より来たりて、何方へか去る…か」

兼之介がそう読むと、さやは少し寂しそうな目で遠くを見ていた。

「人はどこから来てどこへ行くのか…という意味ですね」

「ああ。それが人の一生だな」

「わたしは人が生まれたら、最後は土に還るだけだと思います」

「ふむ」

「先生。先生は輪廻ってあると思いますか」

「うーん、経験したことはないからのぉ。でも、あると信じたいものだな」

「わたしは絶対あると思うんです。それに…」

「なんだ?」

「夢を見るんです。どこかの見知らぬ土地で暮らしていた夢を」

「ほぅ。どんなところだそこは」

「うまく言えないんですけど…わたしは剣を持って闘っていた気がします」

「ふぅむ…」

「最近、よく同じ夢を見るんです。その度に不安になって…」


さやはうつむいて不安そうに下を向いた。
陰を落としたその表情にははっきりと怯えが見てとれる。

兼之介はさやの頭を軽くなでながら、大丈夫だと励ました。

しかし、そう言いながらも歩き巫女への招集の件は自分にはどうにもできなことである。
何が大丈夫なのか。口先だけの気休めを言うしか無い自分に腹が立ってくる。

さやは、頭をなでられて気持ち良さそうに目をつむっていた。

早熟であるとは言え、まだ十四の少女である。
しかも、すべてを並以上にこなすこの娘の努力を皆知らない。

天才とは言え、影の積重なる精進の賜物であることも事実だ。
出来すぎてしまう故に、同年代には精神的に頼れるものなどいなかった。

唯一、兼之介だけがさやが甘える事のできる大人であり師匠である。

件のことを考えると鉛のように気が重い。
両親を亡くし悲しさを押し殺して必死に耐えている痛みが、兼之介にはよくわかる。

さやは耐えている。そして絶えず闘っていた。

兼之介はさやに確かめるように問う。

「さや、お前は将来何になりたいのだ?」

いきなりの問いにさやは、首をかしげて考え込む。


「え、将来ですかぁ?え〜〜っとぉ…」

「はは。お前ほどの器量なら、どこぞの良縁にでも恵まれていい嫁になるとは思うがの」

「なっ…わ、わたしは…嫁いだりなぞしません…」

そう言って、ぷいと横を向いてしまった。


「おいおい、どこかに嫁いで子どもを作り育てるのも立派な仕事であろうが」

「…わたしは嫁いだりしません。…ずっと…ずっと先生のおそばで学びとうございます」

見ると耳たぶまで真っ赤にして顔をそむけている。


「う〜む、ありがたい話だがの。そんなことをしたら、私が米屋の主人に殺されてしまうよ。それにお前は頭もよく気だても良い。お前の婿になるものは黄金を手に入れるより果報者だ」

「……」

さやは、そっぽを向いたまま無言である。

兼之介がいくら褒めてもうんともすんとも言わなくなった。
途方にくれてしまい、これではとても歩き巫女の件は切り出せそうにない。

日が陰って少し風も出てきた。さすがに陽がなくなると肌寒かった。

「さて…、そろそろ帰るか。の?いい加減機嫌を直せ」

兼之介がさやの背中に語りかけると、肩が震えている。

泣いているのだ。さやは声を出さずに泣いていた。


「さや?」

「嫌です……」

「あ?」

「嫌です!嫁ぐのは嫌です。ずっとずっと…先生の…側に…」

「…わかった。わかったよ、さや。だからもう帰ろう」



兼之介がそう言うと、さやは振り向きざまに兼之介の胸に飛び込んできた。


「さや…」

「わたしは異人の娘です…。こんな髪の色で目の青い娘などもらってくれる人もおりません。それに、わたしは…わたしは」

「わかった、わかったから。さや、わかったよ」


兼之介は、さやをしっかりと抱きしめながら今はっきりとわかった。
自分もさやを愛しているのだ。そして誰にも渡したくないと。

亡くなった娘のような想いで見てきたはずが、いつしかそれを超えた愛情に変わっていた。

さやは、ただ運命に流されるような娘ではない。
どこまでも逆風に立ち向かっていくだろう。


兼之介は暮れていく城下を見下ろしながら、さやの涙を指でぬぐいながらある決心をした。
さやを歩き巫女になどさせはしない。

「消えずといへども夕を待つ事なし」

そう呟くと、さやもようやく笑顔を取り戻していた。


【続く】




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