昼頃になって天候が危うくなってきた。
山の天気は変わりやすく、あっという間に滝のような豪雨が降り注ぐ。
4半刻ほどでそこらにいくつも小さな川ができ、下へ下へと流れ込んでいく。
山の草木が障害となり、幾分か流れを緩やかにしているが、地はぬかるんで人が歩くのも難儀な豪雨になった。
馬もさすがにこの水の速射砲には適わないようで足がなかなか進まない。
仕方ないので足取りを緩めながら進むと、しばらくして右に鳥居のある小径の奥に堂が見えた。
「ちっとあそこのお堂で雨を凌ぐか」
突の提案に誰も異存はなくうなずく。
一行はぐるりと回った山の反対側にある破寺で一時雨を凌ぐことにした。
辺りののびきった草をかき分けて、堂の中に入ると床の腐った木切れと傾いた台座に狐の像があった。
「ふぅ…。えらいこっちゃな」
秋山が悪態をつきながら、ぐしょぬれになった全身から湯気をだして手ぬぐいで顔をぬぐう。
大柄で丸い身体を揺すりながら、何ともユーモラスな動きで顔を拭いていた。
突は濡れた髪を掻きあげながら、モモに「遠藤周作の真似!」とかやってギャグをかましていた。
モモはそれを相手にもせず、あとどれくらいかなぁとつぶやいている。
ギャグを無視された突は、今度はイガグリ(頭を両手でグリグリすること)をかまして、遊んでいる。
「無視するんじゃねー、おらおら〜ぐりぐり〜」
「おっさん、やめろっての!いてぇーだろ!あっ、まじいてぇ、やめろこら」
源はその様子を見ながら呆れ顔で隅に腰をおろした。
「お気楽なのもいいがよ。あのカフェは色々とやべぇ噂があるんだが…。しかも、ふぇいたんがそこにいるってぇわけじゃないんだろ?」
「安心しろ。ふぇいレーダーがピピッときてるんだ」
「ふぇいレーダー?」
「ふぇいがどこにいるかすぐにわかるんだ」
「肉親や夫婦ましてや恋人でもないのに何故分かるんだよ」
「連れ去られる時に小型の発信器をふぇいの服に刺しといたのよ。俺ってビッグゥ?」
「ほほう。あんな状況でやりおるのぉ」
秋山が感心した顔で突を見る。
「ビッグというよりピッグ(豚)じゃねーか」小声でボソリとモモが云うと、地獄というだけあって地獄耳の突は、モモの頭を乱暴にわしゃわしゃと引っ掻き回した。そして懲りずに北斗の拳の雑魚キャラの真似をし始めた。
「ぐふっ、俺はな。豚じゃねぇ」
「やめろよ;私のマイヘアーの天使の輪がぁ」
「いっつも一言多いんだよ糞ガキが」
兄弟のようにじゃれあっているが実際は一回り以上も歳が違う。
しかし精神年齢はどっちも変わりがなく、まるで小学生だ。
秋山は堂の中を見渡して火を起こすために木々を集め出した。
マメな男であった。まぁ、この男の場合はベツの豆も好きなわけだが、それはこの場では置いておこう。
「身体が冷えるとまずかろうしな」
そう云いながら、秋山は木々を集めて堂の手前の土間で火を起こし始めた。
源は壁にもたれかかりながら、ためいきをひとつ吐き出して眼をつむる。
「あ〜…。女食いテェー」
源が拝むように吐き出すと、秋山は源を気の毒そうに声をかけた。
「源はそうとう溜まってるようだのぉ」
「まぁねえ。ここに来て2年にはなるもんねえ。客と言えば、どこかの大名のお忍びばっかで若い女にもとんとご無沙汰だしな。秋山さんもわかるだろ今にも爆発しそうなこのエナジーが」
源は立ち上がって腰をかっくんかっくんとすごい早さで前後に動かした。
源お得意の10連釘ピストンである。
これで大概の女は蟹のように泡を吹くと豪語している。
一度それで女が意識不明になり救急車を呼ばれて困ったと聞いたことがある。
源がやっているのは、ボクシングで云うところのシャドーボクシングならぬシャドーピストンである。
目の前の相手(女とは限らないが)を想定しながら腰を動かす高等テクニックだ。
しかし端から見るとただのアホだ。
見ているほうが情けなくなる。
源はナニの最中に「お猿の籠谷」を謳うとリズムがよくなり女が悦ぶと嘯いた。
「えーっさほい、えっさほいのさっさ、お猿の篭屋だほいさっさ♪」
そう歌いながら腰を一定のリズムで動かしている。
まさにJ・Bのセックスマシン。いやモンキーセックスだ。
わいは猿や!と言いながらなおも腰を振っている。
秋山はそれを見て大笑いをして転げ回った。秋山のツボだったようである。
あまりに激しく転げ回ったため、狭い堂の中で腐った床の部分から、床下に落ちてしまうほどだった。
笑いも落ち着くと、はしゃぎすぎたことを自省するように火のところに戻って薪をくべた。
「……ほとばしるパッションは若者の特権でもあるが…。この件が片付いて町に下ったらフィリピンパブでもいくかのぉ。最近は真面目に恋愛しとったんで豆狩りもしとらんし」
「いいねぇ…。ああ、そういや、あの藤井さんはフィリピンダンサーになったという噂があったが本当かな?」
「アホかwあるわけねーだろ」
突が横槍を挟むように投げ捨てた。
「あの人にフィリピンダンサーの腰のうねりなんざできねー。なんせヘルニアだからな」
「ええ!!藤井さんって脱腸だったの!?」
モモが驚いて声をあげると、突はモモの耳をギュ〜ッとひっぱりながら額に青筋を浮かべた。
笑っているが顔がひきつっている。
「モモちゃんよぉ〜。脱腸とヘルニアってどっか似てる韻があるのかなぁ?ん〜?」
モモはいい加減にしろよと言わんばかりに耳を引っ張られて、涙眼を浮かべながらじたばたしている」
端からみたら幼児虐待だ(キャラ的に)。
ぱっと耳を離すと、モモはもんどりうって後ろに転がった。
体を戻しながら耳をさすってぶつぶつと悪態をついている。
「お〜いてぇ;自分のギャグは棚にあげてこれだもんな…」
「せめてヘルニアとペンシルバニアって似てるよね!ぐらいのギャグを言え」
「意味わかんねぇ;」
二人のじゃれあいをよそに、器用に火を起こした秋山はせわしなく薪をくべている。
雨音が先ほどより軽くなり、もうしばらくしたら止むだろうと思われた。
事実、土間から見える西の空には青空さえ見える。
突はモモをいじるのが飽きたのか、火の側によって衣類を乾かし始めた。
「おい、源」
「なんだよ」
「さっきの話だが…あのカフェってのはそんなに黒い噂があるのかい?」
「俺も客が話をしてたのを聞いたぐらいだからなぁ。詳しい話わからんが、なんでも公儀が絡んでいるらしい。」
「公儀?ってことは、徳川か…」
「痛いプレイヤーを粛正してるとかいうけどよ、実際はリア美ちゃんばっかり狙ってやがるんだ。そして飴を与えて組織内に引き込むって噂だ。そしてリア美ちゃん達は各勢力のスケベ変態大名どものお相手をさせられるってわけよ」
「スケベ大名どもから莫大な献金を集めて力を蓄えていくわけか。となると、徳川の織田侵攻が本格的に始まりそうだな」
「粛正を担当しているのが、三代目を襲名した服部半蔵でな。これまたいい男らしくて、奴の手にかかると例外なく女はころっとこれよ」
源は親指をさかさに向けて、不満げに鼻を鳴らす。
「俺のが絶対モノはでけぇんだけどな」
負け惜しみを言いながらも、服部半蔵というブランドは強烈だ。
さすがの源も敗北は認めざるを得ないようだ。
要は男の価値はナニの大きさだけでは測れないということである。
ハハッわろす。
モモがいつの間にか火の前にきて、神妙な顔して薪をくべている。
押し黙っていたかと思うと、振り向きもせずに、ぺらぺらとよく喋る源に声をかけた。
「池田さん」
「ん?」
「あんた極道かい」
「あ?坊主いま何言った?」
「いけないなぁ…。極道が嘘をついちゃあ」
源の眼は細く険しくなり、軽く腰を浮かせる。
いわゆる半身の態勢を取った。明らかな抜刀の戦闘態勢だ。
纏うオーラに殺気がこもっている。
静かにするどく源が言い放つ。
「モモさんよ。人を嘘つき呼ばわりたぁ聞き捨てならねぇな。事と次第によっちゃ…」
源が刀の柄に手をかける瞬間、モモがすかさず呪縛を唱えた。
「池田さん。あんたは嘘をついてる。インディアン嘘つかない。よしなよ茶番は」
「い、いうたなぁ〜〜!」
激昂しながら呪縛を解呪しようとしたが、生憎、解呪役をきらしているようだ。
近接戦闘を封じられた源は、モモを睨みながら飛び道具のクナイを構えた。
やりとりを見ていた突と秋山は何がなんだかわからない。
しかしはっきりわかるのは、明らかにモモの言動によって源は動揺している。
モモは昔からカンのいい奴だ。
キナ臭い話を看破するのは得意だった。
源は何かを隠している。
何をだ。
モモは冷ややかに臨戦態勢を取っている。
「संस्कृत」
呪を唱えて式を召喚した。
召喚したのは「ヒトモドキ」という人間の疑似体だった。
この式は見る人によってそのイメージを変え、その相手の琴線にふれる姿となり幻惑をする特殊式神だ。
始めはスライムのような白い液状のものが、見る間に人の形を成していく。
源の琴線に触れる姿と言えばもうお分かりだろう。
女だ。しかも魅力的なスレンダーな水着姿の女だ。
2年も禁欲していた性少年?にはこれはたまらない。
源はそれを見た瞬間、すかさず「ウッ!」と唸って前屈みになった。
「き、きたねぇぞ。俺に一番危険な果実を見せつけるなんざ…」
秋山は感心しながら頷いた。
「言葉の意味はわからんが、源のやつは相当きてるのぉ…これは」
そう言いながら秋山も前屈みになっている。
「おめーもだよ」
秋山の横顔にはうっすらと汗が滲んでいる。
相当きてるのはおめーだ!とつっこみたい。
というより緊迫しているのだが、どこか笑いをこらえきれないおかしさが漂っている。
「ほーれほれ。おっぱいだよ池田さん。面白いな〜」
モモは源を煽りながらヒトモドキに指示を与えてくねくねと艶かしいボーズをとらせている。
源は前屈して堪えきれずに両手をついた。
「く、くそっ;わかった、わかったよ俺の負けだ…」
源は敗北を宣言した。
何の勝負だかよくわからんが源はモモの狡猾な作戦に屈したのである。
「さぁ池田さん。真実を語ってもらいましょう。あなたの真実をね」
「…わかったよ俺は…」
突と秋山は顔を見合わせながら、源の次の言葉を待った。
「俺は短小だ…。標準以下なんだ…」
源は涙を滲ませながら、悔しそうに床を殴った。
壁があったら殴りたい。穴があったら入りたい。
しかしなんともしょーもない見栄であった。
タッチャマソのようにビックマグナム黒岩先生と言われる男には無縁の悩みではあるだろうが…。
「やっぱりね」
モモは勝ち誇ったように式を納めて云う。
「池田さんは鼻が小さい。鼻が小さい男は粗チンと相場が決まっているのだよ。ふふふ」
「そっちの話かよ…」
突は事の顛末に呆れるとともに、すっかり雨があがった事に気がついた。
雲の隙間から陽もさしている。
秋山は崩れ落ちた源の肩に手をかけて顔をあげるように促した。
「源よ。これからはハッタリはよせ。な?」
そう言いながらニカッとドヤ顔で笑った。
源は涙を拭きながら、うんうんとうなずきながら立ち上がった。
突は晴れ上がった空を見上げながらしみじみ思った。
源の中の人も大変だな と。
【続く】
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