戦国レシピ#15

私は甲府でBAR「SENGOKU」を営業している地獄突という軍学侍。
眠いです。ちゃちゃ、たまるか。日本の夜明けは遠いぜよ。
眠い…。
春眠暁を覚えずと言うが、まじねみー。
そしてだりー。
おっと、いかんいかん。客がいないとどうにもだらけて緩んでしまう。
陽気がいいとついつい気が緩んでしまうな。
客もまだこないし、暇つぶしに藤井さんに冷やかしメールでも送ってみるか。
私は愛用のi-Phone 4GSで藤井さんにメールを送ることにした。
しかし人間暇だとろくなことを考えないなまったく。
書き出しはどうしよう。う~ん、悩むな。
下ネタ全開の一文でもいいが、もっとメタファーを込めたいし。
下世話な中にも一片の知性をいれとかんと、面白くもないし笑えない。
総じてセンスのある文章を書く人は、返し技がうまい。
よく、「誰が上手いことを言えと」なるレスがつく文章をみかけるが、
笑いと同時に奥に光る知性を感じるものがある。
そんな時、賞賛しつつも自分の才能のなさに落胆する客観性が憎らしいときがある。
天才とは己を客観視しないものである。客観視する必要がないからだ。
ヘタクソな文章を書いていて思うのだが、やはり才能の壁を感じてしまう。
うまい人は短文で情景まで思い浮かぶような綴り方をするからねえ。
藤沢周平先生、才能を1/10でもいいから分けてくださいと懇願したくなる。
それにしても、メールなどで要件を伝えるだけならいいんだが、こーいうお遊びメールは難しい。
適当に思い浮かんだものを文章にしてみるか。
男祭り 甲府神社22:00にて……もうネタが古すぎてわからんわこれ。
今の旬のネタとなると…
AKBとかよくわからんし、ダルビッシュとかどうでもいいし。
信関連はさっぱわからんし。
あ、でも家臣とかシステムが新しくなったようだな。
そうだ!家臣ネタでいこう。そうしよう。
家臣は既に死んでいる……意味わかんねぇな。
北斗ネタに絡めてもどうもインパクトがない。
それに藤井さんは999が好きだから絡めるならメーテルとかじゃないとダメか。
ちぃ;たかが悪戯メールにここまで悩むとは…。
侮れないぜ悪戯メール。
めんどくさくなったので、直接藤井さんに電話をしてみる。
「もしもし凸ですけど…」
「…ちんぴょろすぽーん!僕ふーちゃん」
ぷちっ。
電話は尚更だめだった。
それにしてもあの男は歳をとらないのか。とにかく元気まるだしだ。
やはり水性豊かな土地に住んでいるからだろうか。
悪戯メールはあきらめてネットで腕時計のカタログを見ることにした。
腕時計が壊れたので新しいのを週末に買いにいく予定だ。
まぁ、そんなこんなをやりながら開店時間になってしまった。
何をやっているんだかな。
昨晩のかずは&みさおコンビと源の真珠パーティで痛飲したのが痛かった。
っつ!まだ昨晩の酒が残っている気がする。
うつらうつらと春の芳香が外気よりただよってきて、眠くなってくる。
っと、ドア鈴が鳴った。
小さく鳴るときは決まって女性だ。これは間違いない。
しかし…これは。
「ん~~?」と私はドアから漏れる逆光に遮られた体躯に目を凝らす。
それが誰だかわかった瞬間、私は
「げぇっ!?」と震える声を上げていた。
「ま、まえ……」6尺を憂に超えるその威風堂々たる体躯。髑髏の紋所に虎皮の裃姿。
戦国きっての傾奇者、前田慶次その人だ。

なんという大物が訪れたのだ。
「あ、あの…」情けなくおたおたする私を見て慶次はニコリとただ笑って席につく。
肩に桜の花びらがついていた。
花見のついでによってくれたのだろうか。
しかしなんとも…これは…
痺れるようないい男である。匂うような男ぶりだ。
この男が戦場で一騎がけをしようものなら、
老いも若きも、一片のもののふであるならば心躍らぬはずがない。
後に続いて斬り込んで例えそこで討ち果てても本望だろう。
「あ…い、いらっしゃいませ。何を飲まれますか?」男惚れというものがあるが、直江にしろ奥村にしろひとかどの漢達が惚れ込むほどの漢が目の前にいる。
私のような雑兵が胸騒ぐのも当然だ。
慶次はそんな私の様子など意に介さぬ風でなんとも言えぬ笑顔で答えた。
「手前にもわかりませぬ」
そう来たか。それなら私もプロの意地がある。
「では僭越ながらこちらで勝手に…」
私はかねてより、こんなことがあろうかと越後より取り寄せておいた大吟醸【百万石】をふるまうことにした。
天下の傾奇者に似合う器などはウチには置いてはいない。
こうなったら丼でだしてやる。オラオラオラ!!
私も何やら血が騒ぐ。惜しげも泣くどぶどぶと丼に百万石を注ぎ込んだ。
そして恐れ多くも賢くも、この当代きっての傾奇者に見栄をみった。
「心して飲まれい。百万石の酒ぞ!!」き、きまった…かな?
慶次はジロリと私を睨み呆れたように頭を掻いた。
しまった;はずした!!キセルでぶん殴られるかこれは…。
しかし慶次はキセルには手をかけず、丼をぐいと片手で掴んで注ぎ込まれた百万石の香りを楽しむ。
「いい酒だ。やるかい?俺はこれでいいぜ」
「是非!」
こんな漢に酒を勧められて断れる男なんざいやしない。
私も丼を出してなみなみ百万石を注ぐ。
「では」
「では」
目を併せて一気に百万石を流し込む。
「んぐっ…ぐっ…。ぷっはぁ~~」美味い!
なんと美味い酒だ。
美女と飲む酒も美味いにこしたことはないが、本物の漢と飲む酒は格別だ。
年甲斐もなく心震え血がたぎってくる。
戦国で男子に生まれたれば槍もてただ駆けよ。まさに資源だ。
「やるねぇ!」一気に百万石を飲みほした私に慶次が最高の褒め言葉をくれた。
「そちらこそ見事なお手前…」言葉は少ない。
ただ悪戯に軽い言葉を発するのはこの漢との出会いを汚す。
ただ笑って酒を酌み交わし飲む。
嗚呼、何度こんなシーンを夢見ただろう。
私はまさに羽化登仙の境地にいる。
至福の刻だ。
いつまでもこうやって飲んでいたい気分になる。
ん?何か遠くで声が聞こえる。
なんだろう。目をつぶって耳を澄ます。
「……
さん」
なんだ小さくて聞き取れない。
「……と…さ
ん」
「
凸さ…ん」
「凸さん!おきてぇ!!」
「は…」目を開けるとそこにはタッチャマソの顔がある。
「……あれ?慶次は…どこ?」ぼぅっとしながら、店内を見渡すがタッチャマソしかいなかった。
「しっかりしてよぉ!俺がせっかくナイスなギャグで入ってきたってのに寝てるんだもん~」
「夢か…。あれが夢落ちとかねーわ…」
「どんな夢みてたのよ」
「あー。うん、まぁいい夢さ。覚めないでほしいぐらいのな」
「女っすか!」
「女よりすげぇよ」
そう言って笑いながら腰を上げる。
ん?あれ丼が洗い場においてある…。
あれは夢の中で…。
タッチャマソにコースターを出してやろうとカウンターに目を滑らせると、
テーブルの上には桜の花びらが一枚だけ印のように落ちていた。
「はっ…!はっはっははは!!」無性に笑いがこみ上げて来た。すげぇ、すげぇよ人生は。
「…!凸さんが狂った!?まあ春だしなぁ…。しゅっしゅっしゅぅ~」
「おいマソ!」
「にゃによぅ」
「かぶくならかぶき通せよ」
「はぁ?」マソはポカーンとして私の顔をのぞきこんだ。
テーブルの花びらは、ひらひらと宙に舞いながらどこか消えていた。
それでは皆の衆。良き週末とまたのご来店を。
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