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暑くなって我を忘れてはいけない

吉本先生また描いてくれねーかな

まぁ暑いのでネタもないんだけどね
あっついわー


cccccccccccc
cccccccccccccc
cccccccccccccccccccc
ccccccccccccccc
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テーマ : 雑記
ジャンル : ゲーム

へ、へへへ…

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c bbbnyfk

暑いわ。死ぬわ。
こらたまらんわ。
アイスでも食うわ。

ほいじゃ。

テーマ : 雑記
ジャンル : ゲーム

夏こそSF小説



唐突だが、暑いのでSF小説小説を読みたくなった。

SFというと、自分の世代に思い浮かぶのは

・SF小説
・スーパーファミコン

この二つ。

中学までSF=サイエンスフィクションのことをスペースファンタジーだと誤解していた。
今思えばそれを人前で言ってはいないと記憶しているので、どうにか安心している。
久々にしっかりしたSF小説が読みたいのである。


当時、高校生の長兄がSFアドベンチャーというSF小説雑誌を愛読していた。

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その雑誌を兄貴の部屋にこっそり入って(こっそりでもないが)小学生の頃よく読んでいたっけ。
生頼範義の(スターウォーズのポスターや光栄の三国志シリーズのイラストレーター)迫力ある絵が印象的だった。俺は、この本でロジャー・ディーンを知ってデザインの世界へと誘われることになったのだ。あの時、SFアドベンチャーを読んでいなかったら、田舎で百姓でもしていたかもしれない。なんてことを考えたりしちゃったり。

読む前に、SF作家といえば?と考える。
俺は作品ではなく作家で読むという癖がある。
逆に言えば、どんなに評判がよかろうと知らない興味もない著者の作品を読むというのは滅多にない。
付け加えていえば、タレントや芸能人関連の著者はまったく読まない。
それがどんな名作でもだ。
ここは我ながら、了見が狭いと思うのだがそれでいいと思っている。
というより、タレントや芸能人がSF作品を執筆したという記憶はないので読めないというのが正しい。
SF作品を創るということ、は空想の中で非現実の物語を紡いでいく作業だろう。
特定作品や著者をDISるわけではないが、伝記的己語や告白本などの類は筆の速いゴーストライターがいればすぐ完成する話である。
自分にとって読む暇も価値もなく、アプリの習得本を読んでいたほうがよっぽどためになる。
まぁ、最近のあれですよ。サカキバラの件とかね。出版にも最低限のモラルはあってもいいと思うだが。
あれで表現の自由を謳うのはまったく的外れな気がする。

おっと、また横道に逸れて側溝に足がはまった;
よっこらせっと…。

さてさて、SF小説というと、スタンダードなところで言えば、H.G.ウェルズやジュール・ヴェルヌ、はたまたジョージ・オーウェルやアイザック・アシモフであったり、アーサー・C・クラークであったり、ロバート・A・ハイラインであったり。名作家多すぎ!
猫好きならロバート・A・ハイラインは読むべきである。今なら季節にもあう「夏への扉」がお勧めだ。
レイ・ブラッドベリやコナン・ドイルもいいが、ちょっと新しいとこでは、マイケル・クライトンなど数学的知的欲求を擽られる。

フィリップ・K・ディックはちょいとハードルが高い。
面白いのだけれど、翻訳者の力量によるのか、途中でわけがわからなくなる場合がある。
それとも俺の読解力が乏しいのか。作品によってはうんざりするほどオリジナルの固有名詞がでてくるし、起承転結のシナプスがぼやけてわけがわからない。未知のガジェットの名称が多数出てくるともうなにがなんだか。読むならショート作品のほうがわかりやすい。
W・ギブスンはニューロマンサーでギブアップ。
千葉シティが世界の電脳ネットワークの中心となる設定は面白い。でも千葉はやっぱり千葉のままだな今現在も。
著者はブレードランナーの映画を観て自作品の世界観そのままだったというので愕然としたというが、映画化の話がポシャったあとの話らしいのでお気の毒だ。

時計仕掛けのアントニー・バージェスはスラング調の造語がところ狭しと連発されるが、わかりやすくて非常に面白い。また、あの時代にこの発想ができる著者の先見性と未来のガジェット類は圧巻。映画が素晴らしかっただけに小説もと読んでみたが、これまた面白かった。バージェスは他作品も非常に面白そうなのだが、残念なことに読んでいない。当時は日本で翻訳されて出版されていなかったと記憶している。

ダニエル・キイス。誰もが知ってる「アルジャーノンに花束を」。
立派なSF小説で多くの著者が影響を受けたであろう伝説の作品。
恋愛小説が大好きな人も読めちゃう至高の一冊である。でも悲しくなるので俺は何回も読み返してはいない。
映画もよくできていた。後にトム・ハンクス主演の「ビッグ」という映画を観たが、テイストを変えたアルジャーノンだなと思ったり。

海外のSF作家もいいが、日本だって優秀なSF作家はいる。
星新一、小松左京‎、平井和正‎、 半村良、 高千穂遙、筒井康隆‎、山田正紀、 栗本薫‎、夢枕獏

数え上げればきりがないが、最近のラノベ作家は残念ながらこの範疇には入っていない。
ラノベに貴賎をはるわけでもないのだが、あれは小説で読むよりアニメで「観る」のが一番だ。
最近の若い作家は創作する作品の作画の完成系まで見えて創っているように思う。
流行りのキャラデザにも萌えやハーレム設定。おのずと世界観が同一方向に流れている錯覚を起こす。
少し読んではみたが。どうしてキャラクターが2次元アニメの流行りの作画に脳内変換されて、どれも似たような顔になってしまうのだ。それは先入観以外のもので何者でもないが、俺はラノベはアニメでしか観ない。
もちろん面白い作品はあるのだが、ラノベは読むより観るのが俺にはあっている。
作家も不憫であるのが、ラノベに括られるようなライトな作品ではなく設定もかなり練りこまれているにも関わらず、作品自体の質を軽くみられがちなものもあるだろう。
読んでみれば面白いのにと思うものでも、知らずに濾過されて通り過ぎていくのはもったいない。

最近、ひとつのジャンルが確立しつつある。

それは、オンライン物、ネットワークゲーム物。
ネトゲをベースとして世界観を構築していく作風である。

小説ではわからないが、アニメでは.hackが一番最初なのだろうか。
記憶しているのは、当時、FF11や信長の野望オンラインがサービス開始されて、日本でもようやく一般のゲームユーザーたちがネットゲームなるものに手をつけはじめていた時だった気がする。
それから、.hackシリーズを経て、SAOをはじめとするネトゲベースの作品が台頭し始めた。
現在はオーバーロードが新しいのかな。見てみたが出発点がゲームのサービス終了から始まるところが面白い。

しかし小説ではすでにこの手の作風の元となるバーチャルゲームを題材にした作品は数多い。
フィリップKディックのショートストーリーでもすでにオンラインゲームのようなバーチャル・アースを創って競うゲームの話などもある。藤子不二雄のどらえもんや魔太郎が来るでも同じようなバーチャル・リアリティを題材にした作品があるが、間違いなくなんらかの小説からインスパイアされているのは明白だ。手塚治虫や石森翔太郎、藤子不二雄だけではなく、この当時の漫画家が如何に欧米のSF小説を読みあさって勉強していたかが伺い知れる。

未来予測。そして、ネットワークで世界中の人々とつながりリアルタイム。コミュニケーションが可能な世界。昔のSF作家たちはその時代の到来を誰よりも科学者よりも速く予見していたのかもしれない。

ネトゲを題材にした作品は漫画や小説などすでに若い作家たちがこぞって題材にしていることだろう。
残念なのは、それらも悪くはないが、俺個人としては高千穂遥のような作品が好きだ。ドタバタと主人公たちが暴れまわるスペース活劇の作品が増えてほしいと思う。

クラッシャージョーやスペースコブラアウトロースター、カウボーイビバップ。
新しいとこではスペースダンディなどのスペース冒険活劇はとにかく面白い。

SF作家のウィルスン・タッカーが一番最初に「スペース・オペラ」という言葉を用いたらしいが、「スペース・オペラ」というと、スターウォーズが一番はまるのだろう。
俺は残念ながらスターウォーズ・シリーズはあまり好きではないが。
古くはエドモンド・ハミルトンのキャプテン・フューチャーはとにかく最高にクールで面白すぎる。NHKでアニメの放映をしていたが、リメイクで現代版キャプテン・フューチャーも見てみたい。宇宙学、物理学、量子力学と様々なロジックを組み入れたアニメで当時は子供ながらも宇宙の深淵について考えたものである。これをハリウッドでやってくれないだろうかと真剣に考えたり。

よし、結論。

ロバート・A・ハイラインの「夏への扉」を読み直すか。
いつ以来かわからんが、とにかく夏に読む一冊はこれに決めた。
昼飯がてら岩波書店にレッツゴー。
こういう時は神保町界隈で仕事をしていることを幸いに思う。

読書の夏でもいいじゃないか。

では良き週末を。

テーマ : 日記というか、雑記というか…
ジャンル : 日記

水掛け論は不毛かどうか



答えの出ない話や、正解のない話は白熱した議論になりやすい。

先日、恒例の麻雀仲間たちと安保、国立競技場、原発の問題で飲み談義をしたが、
持論はそれぞれあるが、これが正解というゴールには辿りつけない。

昨晩のたけしのテレビタックルで、これまた水掛け論争をやっていた。
http://www.tv-asahi.co.jp/tvtackle/backnumber/0069/

捕らわれて監禁される動物園の動物は不幸?
エサに不自由せず長生きできてむしろ幸せ?


ゲストのコメンテーターが各々意見を語る。

テーマは、動物園は「いるか」「いらないか」の話なのだが、いる派といらない派で主張や見解がそれぞれ噛み合わない。客観的に見ていると、どちらも人間のエゴそのものの主張である。

「いる派」は、文化的生活にとって必要条件であるが絶対条件ではない。
結局、娯楽であり企業経営である。だが、それはもちろん悪ではないし動物園のような
アミューズメント施設は社会的な貢献度も高く自治体にとってもありがたい存在だ。
しかし、表面的に「こどもの未来」「命の尊さ」とか歌われると胡散臭いことこの上ない。
もちろん、大いなる志はあるのだろうが口にされると欺瞞ぷんぷんで信用しがたい。

かたや、「いらない派」は動物たちの自由を奪って命を弄んでいる残虐極まりない施設だとする。
確かにあの狭い檻に押し込んで、動物たちを見世物にしている時点で人がかの動物たちを蹂躙している構図だ。
それは間違いではないし、どんなに可愛がっても所詮、人と動物。餌を与える側ともらうが側で対等ではない。
ターザンでもならない限りに、人は動物と同じ共感を得ることはできない。それは彼らが我々、人類を理解できないことと同じである。
だが「いらない派」の「命の蹂躙」もそもそも傲慢な意見だ。人は人として生きる上において他生物を蹂躙しながら歴史を作ってきているのだから。極論すれば、家畜の馬や牛、豚や鶏なども食用にしている時点で「命を蹂躙」しているわけだ。だが、弱肉強食の食物連鎖の法則では何らおかしいところはない。我々が食卓で目にするものは食べられるために生まれてきて、動物園で見て楽しむ動物たちは見られるために生まれてきたのだから。
それはそれぞれの使命を持って生まれきた。それだけのことだ。

上記の動物の幸せと不幸の話だが、そんなものは動物にはないと言い切る。
その概念は人が作り出したものだからだ。人だけが感じてそう思念を巡らすものである。
人はあらゆるものに命名する。
命名してその物体や事象や想いを言葉や文字で縛る。
故に動物の幸せと不幸などという概念は人が勝手に押し付けているだけに過ぎない。

こうまで言い切ると、動物を飼っている人々になんらかの反駁をくらいそうだが、動物たちは所作で意思表示はすれど言葉をしゃべれないし、言語を駆使した複雑なコミュニケーションもとれないのだ。この事実は覆せないし、何を持って動物の心や気持ちがわかるというのか、甚だ疑問としか言いようがない。
怯えや安堵、喜びは見ていれば誰でもわかる。なついてきたり、うざがったり。しかし、それだけだ。それだけで心がわかるわけはない。言葉を交わせる人の心ですらわからないのに、なんで言葉を使えない動物たちの心がわかろうか。
それは傲慢というより大いなる勘違いであると思っている。
わかろうとする、理解しようとするなら大いにわかる。自分も実家で犬や猫を飼っていた。
だが、何年も可愛がっていた犬は自由に散歩させると兄がリードを外してしまい、以来帰ってこなくなった。
理解できない。俺たちは家族じゃなかったんかい!と憤った。よくよく考えてみたら、あの時車にひっぱじかれて死んだとかいう発想はなかった。とんでもない自分勝手なガキだったな。
半年後にずっと下の家で飼われたいたらしい。つーか、リードを外すなよバカ兄貴と罵った記憶あり。
小さい頃から家族の一員となって可愛がってきた奴でもそうなる。あれ以来動物たちの心はわからない。わかるはずもない。

幸せと不幸という感情や概念を動物たちが本当に理解をしていたなら地球上のペットの半数以上は鬱病になって早死にするだろう。

この議論はまったくもって水掛け論である。
極論するとあってもなくてもいいのだ。
それで人の生活は変わることはない。
じゃ、なくていいじゃんとなったら、いやそれならあっていいだろと。
まさに終わらない究極のループ。

動物がテーマになってはいるが、所詮、それを本気で考えてなんらかの行動にでる人は少ない。
俺もそうだしそんなもんだと思っている。
動物は食うためのものでもあるし、労働力、愛玩、観賞用に眺めるためのものでもある。
それは、それぞれ使命を持って生まれてきているのだから、それを全うさせてやればよいのだと思う。
それは人でも動物でも変わらない。人は生を全うせずにあたら命を投げ捨てるという行為もするが。

必要以上に虐げたり、哀れんだりすることこそが動物たちにとっての一番の蹂躙ではないだろうか。

そう考えながら、今日も豚肉、鶏肉、魚を食い、猫動画で癒される。
くそ暑いので、うっとおしい言葉あそびより、別の水掛けで遊びたいところである。
適当で辛辣で偉そうなことを述べてはいるが、これもまた持論の水掛け論の言葉遊びということでご容赦願いたい。
いやいやそうじゃねえよと思う方は藤井さんのブログへゴー!

ところで不毛か不毛じゃないかと問われれば、
俺はまだ禿げてねえ。

ではまた明日。


テーマ : 日々のつれづれ
ジャンル : 日記

汗が止まらない



3連休の前だってのに雨模様。
そしていま汗が止まらない。

そんなわけで3連休。
よし、飲むぞ。今日は飲む。

じゃ、ネタもないからまた来週。
良き3連休を。

テーマ : 雑記
ジャンル : ゲーム

ぶらり探訪



連日の炎天下の中、知人の高坂が長野にぶらり旅へと出かけた。
サービス業ゆえの平日休みだ。
ビール飲みながら平日に長野探訪とは生意気生意気ぃ!

ビールがうめぇwwwと写真をアップしながらさえずっているが、
いい気なものだなぶらり旅。
善光寺へ出向いて、冷酒、信州蕎麦とうらやまけしからん。
嫁さんは同行せず一人旅ができるアクティブさはなんとも感心する。
旅慣れてるメーテルのような奴だ。
やべ;あいつがメーテルの格好をしてるとこ想像して吐きそうになった。

旅のBGMはもちろんIncognito - Positivityのアルバム一択である。
つーか、CDどっかいっちまったな。今となってはMP3でDLできるからどーでもいいけど。

そういえば、故人のライターもひとりバスツアーの旅に出かけていたっけ。
なくなる少し前に誘われたのだが、あの時いっとけばと後悔する。

夏真っ盛りになった。
TUBEの前田はカレンダーをみながら拳を握りしめていることだろう。
俺もどこかへ行きたい。
あんキモは別に食いたくねえ。
安保は可決されたが、ジャイアント馬場はもういねぇ。

しかし、この時期になるといつも思うのだが、水難で一体何人の犠牲者が出るのだろう。
人間その時になってみないと、自分が死ぬなんざ夢にも思わないだろうが、
くれぐれも事故にはお気をつけあれ。

ではまた明日。

テーマ : 雑記
ジャンル : ゲーム

呑んべぇはかくあるべし

zzzzzzzz


神保町界隈は快晴である。
暑い。とにかく日差しがストロングだ。
アイス食いたい、プール行きたい、長野の清流で涼みたい。
そんなことを思いながら今日も今日とてトーテムポール。
CR明日のジョーで最強リーチの力石リーチ外した。
あんなリーチで外れるフローを入れるとは開発は頭おかしすぎる。
俺の貴重な金と時間を返しやがれ。うわーん;タイラー助けてー。

ワカコ酒というアニメを観た。
WEB連載中の漫画のアニメ化だが3分というショートアニメでさらっと観られる。

先だって、かずはが上京してきた時に、飯を食いながら一人飯をするかどうかを聞いたが、
やはり、一人で外食などまずしないという。
ラーメン屋でも一人で入ってくる女性は少ない。
さすがに立ち食い蕎麦などは別だが、いわんや一人呑みする女性などその中でもまた希少だ。
とは言っても、まったくいないわけでもなく、三茶でやんちゃしている頃は、ずいぶんと一人呑みする女性と出会った。
ただ、そのどれもがこの漫画の主人公のように、純粋に酒と料理を味わいにくる客ではなかった。
というより、純粋に酒と料理を味わいにくる女性が来るような店にいってなかっただけの話か。

女性の視点からの料理と酒というのも面白い。
俺は少なからず酒は男の嗜みだと差別的な顕示欲があったので、女が酒を語るなんざと偏頗な考え方を長年持っていた。今思うと封建主義的な傲岸さであるが、やはりどこかでそんな心根は消しきれない。

美味しんぼの台頭で、薀蓄漫画が流行りだした。
無駄に仕入れた知識でいっぱしのグルメを気取って優越感に浸るという輩も増えたが、食に対しての概念も大幅に変化していったのも事実である。
食というものにたいして興味のなかった一般人を半可通に扇動するアジテーションとなり、巷には自称グルメなる奇怪な輩が横行し、有名店で女性相手に料理の薀蓄を語って店員の眉をひそませる一幕がそこかしこに見受けられた。

今は「こだわり」というものに対して、あけすけな主張をするのはカッコ悪いという風潮がある。
あくまで自然体でうまいものを賛美しつつ、静かに舌で楽しみ、雰囲気に酔う。
まぁ自然体自然体とい連呼するのも、またダサいとも思うのだが

独り呑みのマナーは、独り静かに食し、ただ飲む。
まずかったらに度と来なければいいし、他のうっとおしい客がいれば席を立って出ればいい。
店員とのおしゃべりも、また独り呑みの醍醐味ではあるが、一見の客がそこまで垣根を取り払えるのは
よほどの幸運に恵まれなければならない。

多くを語らず食べ過ぎず呑み過ぎず。
独り静かに酒を飲み食す。

孤独のグルメもこれに近いのではあるが、酒をまったく飲めないという設定であるから、
酒の醍醐味についてはステージの違う物語だ。

「独り食い」より「独り呑み」。
「独り呑み」にこそ呑んべぇのカタルシスがある気がしている。

以前、故人のグルメライターと江古田方面に取材にいった店で、常連のお嬢さんが独りで現れて
その娘さんは、なんと上品に着物を着付けていて、我々の横に座って華となった。
店もそれを許すような古風な造りでお洒落な店だったが、ああいう呑みかた、お洒落の仕方は本物である。
まだ若いだろうが、飲む時の姿勢の凛として美しく、まさしく横で飲んでいて清々しい。
一緒に飲んでいて酒も肴も3倍付で美味しくなろうというものだ。

と、最初の話に戻ってワカコ酒だが、いい女が独りで呑んでいると声をかけたくなるのもまた心情。
しかし、独りさみしく飲んでいるわけではなく、十二分に酒と料理を堪能しているワカコにとって
男の声は不要である。
そんな女性に声をかけるのは野暮というもの。
いい男とはそんな空気の読める男である。見極めるのは甚だ難しいが、そいい男なら、その女性の料理の食べ方、飲み方、雰囲気からおのずと察することができるだろう。

話しかけても良いが、しつこいのはいけない。
よかったら一緒にぐらいで、断られたら残念とおどけてあっさりと引き下がる。

呑んべぇはかくあるべしだ。

webでチラと読んだが、出版物にもなっているのでちと買ってみようかと食指をそそられる。
家で晩酌のつまみにワカコ酒というのもまた一興。

ステマではないが、酒をより美味しく飲むためのアイテムとなるやもしれない。

と適当で無責任な戯言をたれつつ今日も呑む。

しっかし今日もあっちいなーほんと。
夏やで夏。

じゃまた明日。

zzgg
zzzzg
zzzzzzzza
zzzzzzzc

テーマ : 雑記
ジャンル : ゲーム

おっとっと、梅雨明けだぜ

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梅雨明け宣言はなされてないがもう梅雨明けでいいよな。な?

今日は暑い。35度まであがるそうだ。分度器でも頭に乗っけて熱中症を防がんと。
神保町界隈の横断歩道ですれ違う人たち額に手をあてながら強烈な日差しに目を細めている。
たまるかまったく。
暑いとよー、食欲がなくなるんだよなー、まじでまじ。

ダイエットにいいじゃんとか思われそうだが、そもそも歳食って代謝率落ちてるんで単純に飯食わずでも
脂肪燃焼はされないからなぁ。
運動して汗をかかんとだめねだめ。
うちらは、ど根性スポ根世代だから、今なら虐待にも等しい練習を学生時代の部活でやらされてきた。
あの時も真夏の締め切った体育館の中で嫌というほど走らされたっけ。
バスケット部だか、陸上部だかわからないほどに走らされた。
真夏に土方のバイトなんざした時は、富士市の果てのまじなーーんもない僻地で、アスファルトに陽炎が揺らぐ炎天下の中、けれん棒でコンパネのコンクリのカスをとったり運んだりした。
それでも暑さでぶったおれることなんざなかったし、黙々と仕事をこなすおっさんたちに感心したもんだ。

あの頃って日射病は言われてたけど熱中症なんざなかったよなあ。
それこそ、帽子もヘルメットもかぶらずよくあのクソ暑い中で汗をだらだらかいてバイトをしていたもんだ。
暑さのピークを過ぎて帰る頃になると、夕焼けと暑さのまだ残る風が妙に心地よかったのを覚えている。
ひ弱になっているのか、精神力が足らんのか。
そんなこともちと思ったりもするが、そもそも実は昔も結構ぶっ倒れていて、今みたいに情報がとれないだけだったのかもしれん。でもさすがに日射病で死んだとかはあんま聞かなかった気がするが。

若い頃は夏は好きだった。
さんさんと降り注ぐ夏の太陽も好きだった。
なんか起こりそうだったし、実際それなりに青春していた遠い思い出。
かぶと虫やくわがたを山にみつけに行く時のワクワク感。
あれこそトレジャーハントだったよな。
夏が輝いて見えた若き日。

しかーし、かかし。
俺はもう夏は嫌いだ。大嫌いだ。
とにかく、通勤電車がだるいし、電気代は跳ね上がるし、洗濯も頻繁にやらんといかんし。
ティンコも萎えるし。あ、それはもとからだ。

とにかく、夏は嫌いだ。
でも夏の風物詩は式である。

風鈴、西瓜、そーめん、冷麦、祭りに花火に女の浴衣。

嫌いだけれどもなんかこうありがとうって感じなんだな。
ぼ、ぼくはバカなんだな。

ドモアリガト Mr.ロボット。ドモ。ドモ。

さあて、と。
暑いし冷やし中華でも食うか。
いや、待てよ。。。チャーハンと餃子も捨て難い。

え?このクソ暑い日に中華とかバカなの?死ぬの?だとぉ…

うるせぇよこのスットコドッコイ!
暑い時の昼飯はチャーハン餃子と相場が決まってるんでい!べらぼうめ!!

じゃタコライスでも食ってくらぁ。また明日。

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あちぃ




今日はビールにそーめん、冷奴、枝豆、寒ブリの刺身といきますか
あとは冷えた冷酒できゅっとやる

嗚呼、よくぞ日本人と生まれけり

さてと

帰るか

では良き週末を


テーマ : 雑記
ジャンル : ゲーム

ネタなし暇なし女なし



そういう時は慶次でお茶を濁す
てか、このボーカルちょっとモモに似てねーか

知人も長いこと会ってないと顔もはっきり思い出せないな
歳だねえ。てへへのへ

にしても競技場はどうなるんだろうな
そもそもなんで外人のおばさんにデザインさせんだよと。日本の風土を理解している建築家を選ぶべきだろと
諸条件のクリアが全然できてねーのに外観だけで選んでやがる
それとも内諾でなんらかの裏取引があったのかどうか

デザインはどうでもいいけど都民に背負わせんなよな
決めた奴らはてめーの身銭切って意地見せろっての
もうブラジルのこと笑えねーぞまったく

じゃまた明日

テーマ : 雑記
ジャンル : ゲーム

なんてこたぁない話



大通りをまたいだ喫煙所でタバコを吸っているうちに、ここ数年で顔見知りが何人かできた。
主に同じビルの上の階の人たちで、挨拶をしてちょっとした話題を振り合うぐらいの仲だ。

互いに多少の詮索をしながら、仕事や世情などのよもやま話で間をもたせる。
そのような小さな社交場では色々な人が集まってくる。

聞き耳をたてるわけではないが、あれこれと耳に入ってくるのは同業の話だ。
ここら出版関係の下請けもひしめいているから、当然っちゃあ当然だ。
東京FMなどの街頭インタビューもしょっちゅうここいらで行われていて、インタビューで職を答える人が驚くほど同業が多いことに苦笑する。

顔はよく見かけるが話をすることもない人たちも多い。
まぁ、この時間にのんびりタバコを吸うことができるのだから、同じ系統の業態で飯を食ってる輩ではないかと勝手な推察をする。

そこの喫煙所にファッションデザイナーのドン小西に似ているおっさんがいる。
歳は俺より上だろうが、身体中に生気がみなぎっていて、バブル時代に跳梁跋扈していた怪しいディレクターかプロデューサーと言った感じだ。黒っぽいスーツを小太りの体躯にびしっと着込んでいるのがわりとさまになっている。
態度が如何にも自信と傲岸に満ちていて、俺は苦手なタイプだが、会社の同僚の若い人たちとも気軽に話しているのを見ると、思ってるほどには不遜な人物ではないらしい。
多分、話をしている内容を聞くと制作ディレクターだろうか。社長といってもおかしくはないが。

とにかく、このおっさんとは喫煙所でよく顔を合わせるが、当然一言も口を聞いたことがない。
苦手だと思う人とは話をするのも億劫なのである。というより、俺はリアルでは社交的でもないし舌も舌輪というわけにはいかない。

2週間ほど前に、帰りすがら喫煙所に寄ってみると、上の階の年配であるタバコ友達(って、呼び方はどうかと思うが)のおっさんがいた。

このおっさんは小柄な体躯を揺らしながら誰へだてなく話しかけよくしゃべる。といっても、のべつまくなくというわけではない。挨拶のみで終わることもあり、たまに見かけるとせわしく歩きながら考え事をしている時もある。
最近知ったのだが、妻君がわりと有名な書道家ということだった。

その、おっさんと喫煙所にてタバコをふかしていると、そこにドン小西が現れた。
なにやら手に丸いダンボール風の筒を手に持っている。
タバコは吸わずに俺たちの前を通り過ぎると、駐車場の手前に置いてある自転車に向かった。

おっさんが、軽く会釈をしながら「まだお仕事ですか」と笑いながら声をかけた。
おや、おっさん、ドン小西とも交友があるのかと感心する。
いつでもどこでも誰とでもではないだろうが、自分から人の中へ人の中へと入っていくおっさんはすげぇ。
こういう時、コミュ障ちっくな俺はほとほと感心する。
昔、ある人に言われた言葉で「人は人の中でしか磨かれない」と言われたことがある。
まさしくだと思うが、我はなかなかその身に体現できず現在に至る。

ドン小西は、おっさんの言葉に笑みを浮かべて荷物を自転車に括り付けながら、「そうそう、これからプレゼンの納品。たまんないよ」と、夜の神保町方面に自転車とともに消えていった。

多分、俺より5歳以上は上だと思うが、ドン小西とかその年代の中年のバイタリティには舌を巻く。
嫌いなタイプでも認めるところは認めて、印象が変わることはよくあることだ。

第一印象が最悪なほど、好きになったらラブラブになるラブコメの王道か。
マイナスから印象のほうが見直した!とか点数が下がりようがないので、いいところを一つ見つけるとそれが印象3倍増しになる。しかし、大抵はそこまでいかず最悪なまま終わる場合も多いのだろうが。

都内の小さな喫煙所にも、ひとしきり何か感銘を受けたり薫陶をいただく場合がある。
ちょっとした出会いに喜んだり、感心したり。

なんてこたぁない話なんだが、そんななんてこたぁない日常を俺は生きている。

じれったい梅雨の日もいつかは終わり、またくそ暑い猛暑がやってくる。
そして夏のボーナスもなんてこたぁないので、とほほのほである。

ではまた明日。

テーマ : 雑記
ジャンル : ゲーム

渇望のセンス



センスが欲しいと願う。
流行廃りで消費されていくものではなく恒久的な感性が。
身をよじりながら天に咆哮する愚者の哀れを笑え。

凡夫は観客席で拍手をしながら妬ましく。
才気の衣を横目で流しながら手を伸ばすも触れること叶わず。

俺はセンスが欲しい。
絶対的なセンス。最高のセンス。甘美で至高のセンス。

センスセンスセンス。

くれ!俺にセンスを。
ずるいぞずるいや。

俺によこせよそのセンス。

俺にもくれ!
320円あげるからぁ。

ほんと、センスある奴にはかなわねー。
悔しいけど認めちゃう。

しょうがないので、カレーうどんでも食おう。

じゃまた明日。




テーマ : 雑記
ジャンル : ゲーム

間があいたなぁ



ひさびさだ。
忙しくてだるくて更新する気力がなかったという。

先日、浅草の七夕祭りに出かけてそこかしこに短冊が飾ってあった。

「お父さんの収入がよくなりますように」

たどたどしい小さな字で、そう書かれた短冊があり涙を誘う。
お父さんがこれを見たら、ごめんなーほんとごめんなー;と泣き出すことだろう。
短冊にかけた願いはそれぞれで切実な願いも多々あって色々と考えさせられる。
世情を象徴するような願望もあってなかなかに面白かった。

先月末から超暇だったのがいきなり重なる案件の山。
男は辛いよめんどいよ。

特にイベント用の沿革紹介動画を制作していたのでえらい時間を取られた。
イラレやフォトショで素材を一から作りながらの作業だったのでしんどかった。
プラグインやエクスプレッションを多用するより、シンプルな動きで「間」をうまく使うことの難しさも知った。
モチベーションが上がったら、10分くらいのショートムービーを何かまともに作ってみたいと思う。
ま、いつになるのかわからんが。
何しろレンダリングで日が暮れちまうから時間の経つのが早いこと。
あっという間に定時になるからね。

さてさて、梅雨が明けるとすぐ夏だが、この時期が続くのも悪くないなと思える今日この頃。
なんだかんだで過ごしやすいしね。

しかしジーン・ケリーの「雨に唄えば」を見てみると、こんなおっさんがいたらそっこーでとっ捕まるよなこれ。
リアルで目の前にいたら目を合わせたくねえ。
つーか雨激しすぎだろう。もうちょっとしとやかに降ってた気がしたが土砂降りじゃないか(笑。

ともあれだ。
もうすぐ夏だよ。

夏かー。死ぬなぁ今年も。








テーマ : 雑記
ジャンル : ゲーム

プロフィール

凸

Author:凸
カテゴリー:おっさん
生息地:都内在住
生業:印刷・ウェブ制作全般
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