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認識のボーダー 前半



認識のズレは男女間にある絶対的な隙間だ。
それは埋めることができない永遠の溝である。

タツオは彼女がいないので、友人の高坂を通して女を紹介してもらうことになった。
当然、タツヲは舞い上がって小躍りするばかりに喜んだ。

紹介してもらう当日、駅前のカフェで待ち合わせとなった。
カランとドアを開けると、奥のテーブルで手を振る男がいる。
友人の高坂だ。

「やぁ」

どこかぎこちない笑顔でタツヲは挨拶をする。
あきらかに挙動に緊張が見てとれた。

「あいつらは30分ほど遅れてくるから、何か飲んで待っていよう」

タツヲはそわそわしながら席についてアイスコーヒーを注文する。
女性店員の短いスカートに思わず目を逸らしながら、マドラーをかき回した。

「リラックスしろよ、まぁ」

高坂がやや呆れながら苦笑する。

「なぁ…」

タツヲがすがるように高坂を子犬のような眼で見る。

「なんだ、どうした」

「今日の…その女性って…か、可愛いのかな」

「んー…まぁ俺の彼女の古い友人で大学時代にも人気はあったらしいよ」

「まじか!」

「男運がないようでね。よくいるだろ、綺麗すぎて男が逆によってこないとか」

「ああ、あるかもね」

「けどなぁ…」

高坂は唸るように難しい顔をしながら腕を組んだ。

「けど…なんだよ?」


タツヲが顔をあげながら不安そうに高坂を見据える。

「ほら、よく言うだろ?女の可愛いはアテにならないってさ」

「ああ、確かに」

「俺、高校時代に先輩の彼女から女を紹介されたんだよ。先輩の彼女が可愛いしいい子だから一度会ってくれと頼まれてさ」

「へぇ」

「で、会ってみたら、神津カンナと元中日の矢沢を足して2で割ったような女が来てさ。さすがに何の罰ゲームかと思ったよ。あれ以来、女の可愛いはトラウマだな」


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「いまいちマニアックすぎてわからないなそれ」

「単体だったらまだしも、2で割ってる時点でお察し」

「ふむ…」

「先輩の彼女に後から、何すかあれ?と文句を言ったら「えー、気にいらなかったぁ?中森明菜みたいで可愛いのに」と抜かしやがった。わけがわからないよ」

「そりゃひでぇ」

「ひでぇよ。現代のフォトショでもレタッチできない。あれはできない。思わず心の中で<悟空ー早く来てくれー!!>と叫んでしまった…」

高坂は目を細くしながら拳を固く握った。
その状況はまさにドラゴンボールの神龍を呼び出すときの心境にも似ていたことだろう。


「女の可愛いはおっかないなぁ」

ため息をつきながらタツヲはアイスコーヒーを飲み干した。


「特に女の友人同士だと思いっきりプラス補正が入るからな。客観的にものを見れなくなるんだろうな」


タツヲは、はっとしたようにあからさまに不安げな顔になって、高坂に詰め寄る。

「お、おい!と、いうことはお前の彼女の言うことも大概信用できないってことだろ」

高坂は、外に景色に目を向けながら、ふっと笑う。

「安心しろ。俺の彼女は美大出身で審美眼はある」

「おお」

「そこいらの女とは違って、モノに対する判断基準は確かだろうさ」

「ふむ…。人外を連れてくることはなさそうだな。それにお前の彼女はなかなか美人だし」

「おい、よせよ。人の彼女褒めたってなんもでねえぞ」


照れ笑いをしながらも高坂もまんざらではない。
さっきまでの重苦しい緊張感がもほぐれてきた。


高坂が人差指あげて提案をする。

「なぁ。ひとつ掴みの練習をしておくか」


「掴み?」

タツヲが怪訝な表情で首を捻ると、高坂がドヤ顔をしながらくすりと笑う。

「初対面の相手にはファースト・インプレッションが大事なのさ。特に女はな」

さすが女の扱いに慣れている高坂は、上から目線でタツヲを諭す。
学生時代に松戸の種馬「オグリキャプ男」と呼ばれただけのことはある。

「第一印象か。確かに」

タツヲはなるほどと頷きながら、具体的な施策は?と訊く。

「まずは最初の会話からだな。じゃあ俺を相手だと思って会話してみ」

「おいおい。さすはに中学生じゃあるまいしやめてくれよ」

「相手だって緊張はしてるんだ。それに男女のことに世代間断絶なんざないんだよ」

「そりゃあ…まぁそうだが」


渋るタツヲを説き伏せながら、高坂は会話のシミュレーションを開始する。
こういう場合は男からまず声をかけるのがマナーであるという。

タツヲが高坂をペルソナに見立てて、質問を投げかける。

「髪切った?」

「タモリかお前は」

すかさずつっこむ高坂をよそに、タツヲが頭をテーブルに擦り付けながら呻く。

「だめだ。どうにも緊張してうまく言葉がでない」

「そもそも初対面の相手に髪切った?とか聞くかよ普通。やり直しだもう一回」


タツヲは胸に手を当てて深呼吸しながら、再び高坂を仮想ペルソナに置き換えてみる。
眼を血走らせながらタツヲが吼えた。

「ダンカンこの野郎!」

「たけしか、この馬鹿!」

さすがに呆れた高坂はタツヲの頭をパシィとひっぱたいた。


「うわぁぁぁあ…。だめだ、妙に意識すぎてネタに走ってしまう;」

タツヲは頭を抱えながら眼鏡を外して汗を拭く。

「とにかく落ち着け。普通でいいんだよ普通の日常会話でよ」

「日常会話…。そっか、そうだよな。普通の日常会話でいいんだよな」

「そうさ。普通でいいのさ。まずは軽い挨拶から自分の自己紹介をしてみろよ」

「わかった」


再度シミュレーション開始。

精一杯の笑顔を見せながら、タツヲが語りかける。


「ども、タツヲです。趣味はラノベ拝読とアニメ鑑賞とネットゲームと麻雀と猫の世話です。今読んでるラノベは、境界線上のホライゾンでテレビアニメ化にもなったファンタジーSFバトルコメディものです。文庫本の厚みを評して「鈍器」とも呼ぶファンもいるくらいほんが分厚いんですが、持ってるといざってときの武器にもなるし、枕にもなるから便利なんです。おおすじを話すと、人類が天上から戻った時代に人々は唯一人類が地球上で生活可能な土地、「神州」で改めて人類が天上へ戻ることを目的として、「聖譜」に従って過去の歴史を再現していた。しかし100年ごとに更新されるはずの聖譜記述がなぜか更新されず、世界は終焉へと向かっていた。そのなか、極東に唯一認められ…」

「ストーップ!!!」

「あ、え?』

「あ、じゃねえよ。どんだけラノベを語るつもりだ」

「いや、共通の趣味を見出そうと思って丁寧にさ」

「丁寧すぎるよそれ。というか、うぜえし、なんのことか意味わかんねーし、そもそも相手がラノベに興味があるかどうかもわかんねーし」

「だめか」

「だめに決まってんだろ」

「そうか…」

「こりゃ予想以上にだめだな。出たとこ勝負でやるしかないか」

「すまんこってす、こって牛」

「こって牛とかギャグかましてる場合じゃねーんだけどな。そろそろ相手もくるぜ」

「うわぁ;すげぇ緊張してきた」

「もう落ち着けとはいわんよ。せいぜい見苦しく足掻いて見せるんだな」


生涯の伴侶を求めるのは種族維持の本能によるものだが、ロマンチックに言い換えると互いの半身を探し当てるという壮大なドラマとも言える。
人はそれを恋愛と名付けて物語を紡ぎ出す。

どうなるどうするこの地球。
恋に地球も宇宙も関係ない。
あるのはこの刻、ただひととき。

タツヲに出会いはあるのかどうなのか。
それはまた来週の講釈にて。



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テーマ : 日記というか、雑記というか…
ジャンル : 日記

書く書く鹿直

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生き方の基準は、正しいか正しくないかではなく、美しいか否かである
ジャン・コクトー



書く。

こんなシンプルなことがかなり大変なことだなと今更ながらに気がついた。

昨日、ご無沙汰している藤川みさお御大から、いい加減更新しなさいよ!とメールで叱咤された。
なんだかんだで楽しみにしているそうだが、そも、このブログは藤川のおばちゃんの琴線に触れるネタなどあまりないように思うのだが、読み手がいるなら書かずばなるまい。

しかして、最近さすがに筆が進まない。
ネタはあってもつっこんだ話や、時事ネタの私的見解などを批判めいて書いたりするのももう飽きた。

やはり、僭越ながら何かの物語を紡ぎたいとの想いがある。
山田風太郎が、自作のあとがきに、西遊記や千夜一夜物語などの荒唐無稽なスケールの大きい創作物語はなまなかに日本人には作れないと断定的に論じているが、けだし正論の気がする。異論反論オブジェクションもあるだろうが、構成の奥行きの深さは、日本書紀の寓話にかすかに見てとれるぐらいだろうか。

リアルな人間模様の繊細で細やかな描写は日本の文学は世界に誇れるものだが、ファンタジー系の創作はやはり海外に敵うものではない。それは、日本が大陸と切り離された島国であり、小さくまとまった風土に起因しているのかもしれない。

これもまた、ただの私的見解であるから、いやいやそうじゃねえよとおっしゃる方もいることだろう。
創作もののスケールの大きさを単純に地形面積で計るのも早計だとは思うのだが、かの敬愛する山風様がおっしゃられているのだから、ああ、なるほどと素直に頷いてしまうのもしかたがないにょろ。

そんなわけで足掛け何年だ。まぁ結構長いこと書いてきたブログだが、第二フェーズへ移行する時かもしれない。もう信オンもやってないしネタないし。
さすがにMMOゲームネタも枯渇するってもんでやんしょう。
といっても、己のプライベートを書き連ねても対して面白いコンテンツがあるでなし。

書くのは誰でもできるが、書き続けるのは容易なことではない。
これは思ったより精神力をごっそり削ぎ取られる。
作家で食ってる人ってすげぇなとやはり感心してしまう。

唐突だが、以前に一気に読んでしまった小説があってオススメしておこう。
船戸与一の「藪枯らし純次」である。
寂れゆく寒村を舞台に巻き起こる事件をスリリングに描いていて非常に面白かった。

この中で、ある登場人物が「カレーのあとのコーヒーは最高なんだ」との台詞がある。
そうかぁ?と思って、早速カレーを食したあとにコーヒーをメーカーで作って飲んでみた。

まぁ…悪くはなかった。俺はそのあとの一服が最高だったんだけどね。
このように、印象深いシーンを模倣したくなる小説というのは、面白い小説である。
是非、一読あれ。

今は書くより読む方が楽しいというのもある。
書くって結構辛い作業なのよねん。仕事だともう地獄の所業。
とにかく本を読む。これが楽しい。

さて、いつまで続くかこのブログ。
なさねばならぬ何事も。それがロボ根性。
書くのも辛い、されど書かずにいられない。
そんなあたしは横浜ヨーコ。

あ、そういやど根性ガエルが実写化だってばよ。
いやはや、日本の映像業界もどんだけアイディアが枯渇してるやら。
さすがに深刻だろうこれは。
あれ、ジャンプでチレット博士やマジンガーZが連載してた頃の作品だぞ。
どうせなら、もうアストロ球団や包丁人味平なんかも実写化しろと言いたい。

もうアイディアなんか出尽くしちゃって何かの焼き回しやオマージュっぽい言い訳でしかモノを作れないのかしらん。全てがオリジナルの亜流に見えてくるのも時代の趨勢か。
オリジナルをなまじ知ると、作品そのものを楽しめずにつっこむことしかできなくなる捻けた視点になるのが哀しいことだ。ラーメン・つけ麺・僕イケメン、赤貝・ミル貝・ナイスガイとしょーもない古きギャグでお茶濁す。

そんな俺はバイオレンス・ジャックのハリウッド実写化を切望する。
あれこそ北斗の拳の原型だ。作者が意識してるかどうかはともかく。やっぱり八つ橋永井豪。さすがに昭和の天才だ。
原案はマッドMAXに近いようだが、パーティーで横にいた時に武論尊氏に聞けばよかった。
後悔食うかいああそーかい。

というわけで、どーでもいいことを書いてどーでもよく締めくくる。
とりあえず、俺は生きてるということをアピールするには十分だろう。

嗚呼、やんぬるかな、詩人、舘岡眺湖のように浮世の血を啜って生きる人生にも憧れる。

夕焼けこ焼け 血の色は、え…と 血の色は…
今日は調子が悪いな。
句が浮かんでこない。

生死流転にてまた明日。

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ペーパーレスか 続 短編習作

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ストラウス教会の風見鶏に陽が差し込むとき、ゲットーの朝は始まる。

マソは昨日、死に物狂いで原稿を完成させて、データをサブチーフのベルに送った。
これでリテイクが出なければ仕事は完了だ。
ベルは、この仕事に就いてまだ日が浅く24歳の若手だが、聡明で話のわかる女性だった。ついでに褐色の肌を持つグラマー美人なのもマソは気に入ってる。
前任のエピファニーは美しい名前とは半比例して恐ろしく我が強く、傲慢な女性で何度も衝突した。
結婚を機に退職したらしいが、あれを嫁にもらう男はマザーテレサよりも深い慈愛の持ち主だなと素直に尊敬する。
もっとも仕事上の顔しか見ていないので、プライベートはどう化けるのか想像もつかない。

とにかくリアルショットで録画されたムービーを再生しながら取材内容も確認したし、整合性もとれている。
クレームチェックも万全。後はベルの上司のラッツイォがGOサインを出してくれることを願う。
土壇場で構成を何度もひっくり返されて煮え湯を飲まされてはいるが、いいものにはいいと賞賛する公正さは持っている男だ。

さて、では本題のサイファーだ。
それを考えるだけでマソは、雨の日に濡れた靴を我慢して歩いてるような惨めな気分になってきた。

下手な言い訳は逆に怒りを買うだけだろう。
とにかく真摯に謝罪をして誤解を解いていくしかない。
マソはサイファーと直接話したことは無い。
噂ではかなりの巨漢でナルシストらしい。

奴の前で口にしてはいけないNGワードがあるとタツヲが教えてくれた。

豚とデブ だ。

普通に話してれば、出てくるわけもない単語だが、うっかり口にした奴は一瞬であの世でツイストを踊ることになるらしい。調子に乗ってしゃべりすぎると身を滅ぼすってことだ。口は災いのもと。

早速デポットのコールに記憶に無いナンバーが表示された。
覚悟を決めてコールに出る。

「はい」

「……マソ・バスキアンか?」

コールしてきた相手は野太く低いしわがれ声で聞いてきた。

「そうだ」

マソはできるだけ平静を装って短く答える。

「サイファーが会いたいそうだ。明日の午後5時にレグナス・アベニューの通り沿いにあるアーケロンって店に来な」

「…わかった」

「必ず来いよ。後悔したくなかったらな」

そこでプッツリとコールは切れた。

マソはデポットをキャビンに置いて、セックスプラウトに火を点けた。
膝がガクガクしてきたが、とりあえず準備はしておかなければならない。

揉め事(一方的な言いがかりだとしても)には2つの解決法がある。
誤解を解いて相手と信頼関係を得るか、もしくは殺すかだ。
武力など0に等しいマソは当然前者を選ぶ。
それには相手の趣味嗜好をきっちり把握してから望む。
そして、もつれた紐をゆっくり解きながら殺すには惜しいと思わせる。
それが長生きするコツだ。臆病に慎重に。そして大胆にタイミングを間違えないことも重要だ。

サイファーの嗜好を掴むにはまずアニメの情報収集だ。
サイファーは伝説の東洋のマニアックなプロフェッショナル集団「フリークス」の信奉者で有名である。
側近についてる手下も失言でいつ風穴をドテッ腹にくらうか気が気ではないので、必死にアニメの知識を収集していた。
サイファーは知ったかぶりや半可通も大嫌いだからだ。

不幸中の幸いなのがタツヲ自身もフリークスと呼ばれる超絶アニメオタクだったということだ。
奴が以前自慢していたのを聞いたことがある。

「自慢じゃないが、1980から2050までのアニメーションのことなら俺以上に詳しい奴はいないね」

いきつけのパブ「バイパー」でそう嘯いていた記憶がある。
まずは情報収集だ。
物書き、特に俺のようなフリーライターは、まずアンテナを研ぎ澄ましておかなければならない。
どこに飯の種が転がっているか、ささいなことでも後々リンクしてくる事柄も可能性は0ではない。
つまり、つまらないことでも見逃さずにメモリしておくことが重要だ。それが危急のトラブルを回避する命綱になる。
俺はアニメーションなんかにさほど興味はないのだが、タツヲと友人というだけで俺の命はグラスに残ったカクテル一滴ほどには希望はあった。

サイファーはとにかく饒舌でナルシストでありロマンチストだとタツヲから聞いた。
特に抽象的な言い回しにエクスタシーを感じるらしい。
ようは大昔のラッパーMCハマーよろしくインテリぶりたいのだろう。

そういう意味ではサイファーとマソは共通点がある。
マソもローテクをこよなく愛するロマンチストだからだ。
ロマンチストはB型に多い。
時に現実的であったり時に荒唐無稽な夢想家であったり。
ようするに、歳を積み重ねても成熟しきれないガキであったり、リアリストだったりする破綻人格者が多い。
そしてB型は忘却の能力に優れている。都合の悪いことは記憶の彼方にしまいこみ、後悔を一瞬、自責を刹那。個人差はあるだろうが、超自己中心的なアンバランス感覚を持つものが多い。社会適合性があるようでいてないようで、意味のわからない人種だ。
そしてそんな特異点を持つ自分を気に入ることができるのもB型だとマソは信じている。
だが、この世界ではB型であることは徹底的にイリーガルな存在とされ、管理職などにはまず就くことができない。
ようするに高給取りにはなれない。マソはそれでもB型に誇りを持っていた。
それでこそ典型的なB型であるとも言える。

とにかく時間はない。まずはライブラリに出かけることにした。
マソは半分吸ったセックスプラックの吸いさしをアッシュトレイにこすりつけて、クローゼットを開けた。
そこから無地の襟なしファンネルに着古したデニムジャケットをはおり、ベルコモンのサングラスをかける。
玄関のシューズボックスからオフィシャル用のホワイト・フェザーズのローファーを出して履いた。

4階のアパートからB1のパーキングまでエレベータポットで移動。
パークの左奥に置いてる愛車”ベルトーネ”のイグニッショントレイにキーを差し込むと、ウィンと柔らかいうなり声をあげた。
シートに滑り込み、認証を確認すると、コクピットのコンソールパネルが花火を打ち出すように潤沢なスペクトラムを刻んで”ベルトーネ”に命を吹き込んでいく。
アイドリングが済むとナビボーグの「エイシャ」がお決まりのエールを送ってきた。

「お早うございますミスター」

「おっす!おらゴクウ。いい朝だなクォターバック」

「エラー。わたしはゴクウでもクォターバックでもありません。音声で行き先を指定してください」

マソは電話でタツヲから入手した古典的アニメショーン・ジョークをエイシャにチャレンジしたが、理解されずに一蹴された。いまいましい電子音のシャットダウン。
一世紀前のファジーAIではここまでが限界なのは想定内だが、こんなときはローテク信奉も良し悪しだ。
ちったあ粋な受け答えをしてくれてもいいだろうとないものねだりをしたくなる。
不安でがたついてる時には、そんなくだらない慰めさえも安らぎになるというのに。

マソ自身もこの言葉に何の面白さがあるのかは理解できていないのだが、タツヲが熱っぽく挨拶はこれを抑えておけばまず間違いはないと言っていた。ゴクウとはアニメの主人公なのか?確か数世紀前のチャイナ創世記の主人公の名称だった記憶があるが。
タツヲのアドバイスは思いっきり不安だった。

マソはコンソールのナビマップを指先で確認して行き先を告げた。

「シン・シティのMANDARAGEに向かってくれ」

「イエス。マイロード」

目の前のストアガレージがゆっくり上昇して光が徐々に差し込んでくる。
マソは長い一日になりそうだなとうんざりした。
しかし実際には、人生で最も長い二日間になることをマソはまだ知らなかった。


【シン・シティ】

MANDARAGEはアニメやコミックスの専門のデータ・ライブラリでガネーシャ大陸全土に100以上の店舗を持つ。もちろん、コンテンツはすべてデータ・チップで売買されオンラインでも閲覧は可能だが、グリーンIDでの閲覧以外は、タックスが倍に跳ね上がる。
マソのようなグレーIDしか持たないものは、直接ストアに出向いて旧式映像のブルーレイDisk閲覧が一般的だ。
そのほか、あらゆるコミックデータなども収蔵しているが、紙にプリントされた「本」は、ショーケースに入れられて観賞用に厳重に管理されている。
プレビューは無料だが、それも作品によって頁数が限定されている。
データベース・サーバーはある地域の砂漠の下のシェルターで運営されて厳重に管理されていた。

一直線に続くレールの左右にプロミネンスロードの建造物が立ち並び、そのガラス張りのオフィスではせわしなく、人々が動き回っていた。
ゲットーから30マイルほどミドルハイウェイを走ると、まるで異世界に来たような錯覚を起こす。
整然とした住宅群。縦に伸びた流線型の高層ビル群。
糸を引いて流れていく極彩色の景観にマソは何の感情も示さない。

世界の理には必ず表があり裏がある。
裏はねずみが這い回る下水のようなゲットーエリア。表は未来に寸分の杞憂も抱かず暮らすハイエリア。
コインは表裏一体。朝が来れば夜が来る。
それは悠久から変わらぬ退屈な事象だ。
だがそれがなんだ。
生まれた環境はどうあれ、組み込まれた塀のブロックの隙間に入り込むのはまっぴらごめんだ。
俺は俺のやりかたでのし上がって本を書き本を創る。
ハイタワーのプレイスゾーンを見るたびに想うことだった。

しばらくするとティルナノグの手前に位置するシン・シティエリアに入った。
ここはゲットーとハイランドベクター通称汚れ無き人々の地の中間にある街で、人種がさまざまに入り乱れるカオス・シティだ。

マソはスクリーンに映ったタイムカウンターを見た。

AM:9:12..

ハイウェイ降りて市街地に入ると、ルート指示のカウントダウンの表示が005になった。
あと5分で目的地に到着する。

「ちょっと早すぎたか…」

そうぼやいて瞼をこする。
あせる気持ちが時間の感覚を狂わせている。ストアのオープンは45分からだった。
トラブルを抱えているときは、すべからく時間の流れが倍速に感じられる。
そういえば朝飯も食っていない。
いつものエッグマフィンとエスプレッソを想像して急激に腹が減ってきた。

マソは車を傍に止め、シェーカーズの屋台でホットドックサンドとコーヒーを求めた。
屋台の若い店員が”ベルトーネ”をクールだなと褒めそやす。
マソは得意げに形式と年代を告げて自分の4倍以上長く生きている”じいさん”の自慢をする。
しかし、リラックスしてるわけではなく、周囲には用心深く注意を払っている。
物売りの店員とグルの強盗集団だって少なくない。
飯を食いながら後ろから撃たれる可能性だって0ではないからだ。

「さみ…」

コーヒーをすすり終わると急激に寒さが襲ってきた。
レザーコートの内側をさするように肌におっつけながら体を震わせる。
やはり外気が5度というのは骨身に滲みる。

人通りは少なく無気味なほどに静かな市街地に続くストリートは
白い靄にかぶって先が見えない。

ドアを開けて車に乗り込もうとすると、背後から硬いものを背中につきつけられる。

「動くな」

声がまだ若い。なんてこった肩凝った。
ここにきて今度は強盗か。
失意のメタファー。人生はすべからくクソッタレだとマソは嘆く。
運の悪いやつは一生かかって天中殺だ。
ケ・セラセラセラ・ケ・セラセラセラだな。
トラブルメーカー万歳である。

お次は何が飛び出すやら。

【どこかに続く】

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凸

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