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デジャブー




目に見えてるものだけが真実じゃない

そう言ったのはデカルトだったか誰だったか。

「デジャブかな」

うつろな目で目の前に並べられた牌をみながらぼやく。

まぁ、見事な糞配牌だ。対子がひとつあるだけで、あとはバンラバラバラ。
まさに十三不塔一歩手前のゴミ手である。
十三不塔とは、ローカルルールで存在する役満やら満貫に当たる手だが地方ルールや身内の中では禁じ手とされているところもある。要はツキがどん底のとき訪れる配牌だ。

それだけ俺のツキは底の底だってことだろう。

「何がデジャブだって?」

対面の黒ブチの眼鏡レンズの奥から、特に関心のない口調で牌を詰もって凱が尋ねた。

「さっきの局も糞手で何にもできなかったような…」

俺はため息まじりに言葉をちぎる。
疲労と寝不足のせいで頭がくらくらしてきた。

下家のタツヲが、トップ目なこともあり、上から目線で軽口を叩く。

「何寝ぼけてんだよ。さっきどころかオーラスまでずっと糞手だとぼやいてんだろ」

「そうか……。夢かと思ったぜ…」

軽口を叩き返す元気もなく、天井に向かって小さく息を吐き出して椅子に沈み込んだ。
勝負に勝ち負けは必然なのだが、こうもカタルシスが欠落している勝負はさすがに萎える。
マージャンというゲームは、勝敗が7割強が配牌の優劣で決まる。無論、その手をあがれなくても勝てなくても、その勝負を楽しむひとときが、配牌の優劣で決定づけられるのは間違いない。

「勝負は時の運だよ。まだ始まったばかりだし」

凱はこう云うが、ここまでツキがないと、ここ最近の運気の悪さもが合点がいく。

1円パチンコでも負け、仕事ではトラブルの連続でそのオハチが回っててんてこまい、その上、今度はお袋からの無理難題に家族間断裂に通風再発、飲みすぎた時のインポ気味な息子ちゃん。

天中殺どころか宇宙天体殺に値する海底2万マイルの沈みよう。あたい見ちゃった新世界。みたいな。
新世界と言えば、アニメでやっててよく見てた。鬱展開すぎてどうにもやりきれない話だったような。

俺は手牌にある中を掌で遊ばせていると、ふとある人の顔が脳裏に浮かんだ。

「そう言えばよ」

「ん?」

「チュンを見ると思い出すな。伊丹さんを」

「あ、ああ…。伊丹さんか」

タツヲや凱、高坂が手牌を眺めながら、思い出したように頷く。
メンツから抜けた周防は奥のソファで漫画の天牌を読んでいた。
伊丹さんは、友人であり先生でもあった俺の恩人である。3年ほど前にチャリでこけて頭を打って亡くなった。
ここにいる奴らも一緒に旅をしたり取材に同行したりして面識はあった。

「なんでチュンを見て伊丹さん?」

高坂がその細い目を少し広げて訊いてくる。

「伊丹さんとよく麻雀したんだけどさ、あの人よく突発的に親父ギャグ飛ばしてたんだよな」

俺は雑に掘られた文字の溝を指でなぞりながら、感慨深げに目を閉じた。

「チュンをポンするときに、チンポーとか言うんだよな。女性もいるってのによ。笑っちゃうよな。あははは」

「……退場」

「最低だな凸さん」

「通報レベル」


口を揃えて3人が俺をなじり出した。

「ちょっ、待てよ!俺じゃねえ。伊丹さんだっつの」

「あ、それローン。満貫」

弁明しながら捨てた牌を見てタツヲが牌を倒してニカッと笑う。

「ぐあっ;」

「ザクとは違うのだよザクとは。ふははは」

タツヲがドヤ顏でシベリア級のガンダムギャグを飛ばす。こいつを今すぐ八甲田山に放り込んでやりたい衝動に駆られる。悔しくて切なくて涙が出る局。

俺は点棒を卓に置くとうつむきながら肩を落とす。


「人ってぇのは、厳しいばかりじゃダメなんじゃねえかな…」

「あ?」

「なんつうか、優しさが必要なんじゃねえか」

「何の話だよ」

「歳寄りをちったぁ労われって話さ」

「ま、今度はあんな下ネタじゃない話をするんだな」

タツヲはそう云うとしたり顔で洗牌を始めた。
うんこー(糞っと同義語)。
しかしこれが今の俺の運。そこのそこの牛乳瓶の底。
そこのけそこのけお馬がひひん。何をやってもダメなときゃダメだ。

動いても死ぬ。動かなくても死ぬ。
人生においてどん底は必ず来る。
ズズズズズズズンドコ運のツキ。

「ところで今日はみさおさんって来るの?」と凱。

「来るよ。まぁ、定番の19時頃だな」とタツヲ。

藤川みさおは未だに現役で信長の野望オンラインを続けているゲーム狂である。
ちなみに織田の悪口を言うとブチ切れて目潰しをするという凶暴な女だ。
飲むときなどは細心の注意をもって言葉を選ばないと命とりになる。

現在は午後の3時。まだ3時間はゆうに打てるのだが、俺は流石に負け続けて吐き気がしていた。
次はちょっと休ませてもらおう。いや、というより何も食ってねえから飯食いに行ってこようか。

カレーかラーメンか。渋谷の駅周辺での選択肢は以外と少ない。立ち食いもあるにはあるが、ゲロまずな店しかねえ。
全く、何がヒカリエだか。小綺麗になっても軽く飯が食える店とか激減してんじゃねえか。
なるほどコブラが天国を嫌うわけだ。これじゃハンバーガさえ食えやしない。

4局目が終わった。言うまでもなくまたドベだ。
4連続ドベとはどういうことだろう。ツキの女神がもし存在するなら、衣服を剥ぎ取って犯しまくってやりたい。というより、女神じゃなく号泣会見の野村のようなおっさんかもしれないのだが。
とにかく緊急事態である。これはデフコン5以上のエマージェンシーだ。

そうか…。これは天が俺にビーンボールを投げたってことか。
確か、先週に1ぱちのエヴァ10で62回の大当たりを出したっけ。もちろん通常も含めてだが。
あれか!あの無駄なツキの放出でリバウンドが来たわけかインジャーラ。

そう。運の定量は必ずある。尽きない運などない。
人は運の放出を一気に出す人、ちびちび出す人と色々いるが、稀に溜めた運気を一気に放出する人が存在する。
しかしその運をあまり効率的でないものに放出してしまう場合が多い。
人は後から後から気がつくのだ。失ったものの価値を、その大きさを。

俺は頭を抱えた。
なんか目の前に小さな天使が見える。

「わろすwwww」

「わろすwwww」

5〜6人の小さな天使が俺の頭の周りをぐるぐると回りながら笑っている。
天を追放されたルシフェルの気持ちがわかるような気がする。
そう。神は人の事象に干渉はしないし救いもしない。ただ静観して眺めるのみである。
神や仏に祈っても俺の運は戻ってこないし、ちんぽも勃たたない。
あらや悲しき我が運命。

「ま、いっか。どうせ地球も滅びるし。ラーメン食お」

悲観的な思考が渦巻く中で、この楽観的というかどうでもい慣れという怠惰な思考。
まさにB型、典型的な負け犬クズの思考。都合の悪いことは、袋に詰めて川に流すという圧倒的な自己中心派。
だがそれがいい。それでいいのよお富さん。


俺はメンツを抜けて、駅からちょっと離れたラーメン屋に入った。

「へい!らっしゃーい。お好きな席にどうぞ!」

威勢のいい掛け声が店内に響く。
ウンウン。いいじゃないか礼儀正しく活気があって。ラーメン屋はこうでなくちゃ。
勝負に負けたらラーメンだ。ラーメンで運を取り戻す。何故かわからないが、ツキがない時はラーメンに限る。
こういう時は、せめてラーメンぐらいは美味いものを食いたい。

豚骨ラーメン、オール普通のオーダー。
見た目も美味そうだ。
ハシで麺を掬って、口に放り込む。

「ぐっ!?」

これは!!


「ぶぇあっ、ま、まっず;」

声に出さなかったが、俺は悲鳴に近い叫び声を押し殺した。
まずいラーメンの解説をしても不毛なのでまずいとかしか言えない。
ここまでラーメンをまずく作れるのはある意味才能だろう。
カレー、ラーメンはどう考えてもまずく作る方が難しいパーソナルな料理だ。

俺はなんとか完食はしたが打ちのめされて店を出た。
勘定するときの店員の兄ちゃんの爽やかな笑顔が切なかった。
腹がもたれて、舌がザラザラしている。ダメだ…もうダメだ。
俺は渋谷の雑踏に紛れながら、スクランブル交差点を背を丸めて歩いている。

俺は陰鬱な気持ちを引きずりながら、雀荘に戻った。
すると、周防がカップヌードルを美味そうにすすっていた。

嗚呼、雀荘で食うカップヌードルのなんと美味そうなことよ。
俺はまたしても牌を切り間違えた。人生は常に選択の連続だ。
そして、それが積み重なって今の自分に反映されている。

俺は周防の肩をポンと叩きながら尋ねた。

「ツカさん、それ、美味いか?」

周防は満面の笑みを浮かべながら

「最高!」とだけ答えたが、その瞬間に対面の高坂の親倍の小三元に振り込んだ。


高坂は苦笑しながら

「あのチンポー(中ポン)が効いたねw」と控えめに下ネタを言った。



【終わり】












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テーマ : 暮らしを楽しむ♪♪
ジャンル : 日記

高坂さんは動じない

高坂さん(仮名)は色々知っている。

高坂さんに「物知りだね」というと

「なんでもお見通しだお」

とか言って少しはにかむ。

ちょっと前に結婚したが、相変わらず内輪の会合などに出てきて人付き合いがいい。
金払いもよく男前の切符の良さがあるし、たまに非番の日には一人旅なんぞに洒落こむ男だ。

高坂さんは、なかなかにやる男である。

麻雀で負けて、「いやぁいい麻雀だったよね」と言うと

「あんなねえ、手配もツモも最悪な状況だとねえ…糞麻雀ですよ!!」

と井筒監督のように激昂したり、普段は静かに笑みをたたえている男だが、なかなかに荒ぶるところも持っている。

神戸に行った時は、とにかく肉の食い方にうるさかった。

「この肉は焼きすぎたらあかん、あかんて。わややで」

そう言って半生の肉をつるっと平らげる。
体躯も堂々としたものなので、えもいわれぬ説得力がある。

高坂さんはギャグが好きだ。
よく長渕の「クローズ・ユア・アイズ」のテンプレで二人して笑っている。
とにかく内輪でこのギャグが通じるのは高坂さんしかいない。
音楽、しかも昔の歌謡曲の話題など他のメンツではまったくでないからだ。
洋楽になるともう皆無でロックポップスはおろか、ジャズやラップやワールドミュージックなども
話にはでない。その中で高坂さんはその話題にもついてくる。

最近の彼お気に入りは「しぇしぇのしぇー」だ。
ヤク中で捕まったキチガイが叫んでいた言葉だが、彼のツボにはまったらしい。

彼は結構なグラップラーで駅で痴漢をとっ捕まえたこともあるらしい。
その時の様子は分からないが、多分羽交い締めにしてロメロスペシャルを決めたに違いない。
なぜなら、彼はキン肉マン消しゴムを集めていたヒーロに憧れる少年だったからだ。
カラオケで真っ先に歌うのは「炎のキン肉マン」で間違いない。
間違ってもレッチリとかジャミロなんぞは歌わんだろう。

高坂さんはいまだにインはすくないが、信長の野望オンラインをやっている。
昔ほどアクティブでないにしろ、まだ課金はしているらしい。
これも彼の初志貫徹という不動の精神を表している気がする。

例えばだ。
オナニー中に母親が扉を開けて入ってきたとしよう。
これを読んでいる諸兄も経験がある人が多いのでないか。
若かりし頃の熱い滾りを放出するというのは、当然の欲求でありなんら恥じることはない。
罪悪感すら感じながらしこっていた日々もいつしか遠い黄昏に変わるのだから。

母親が息子がムスコをしごいてる瞬間をみて「あっ!」と目を丸くする。
普通なら尻を向けて母親を罵倒するところだ。

しかし高坂さんはこう言っただろう。

「早く閉めてよ。もうすぐ終わるから」

なに食わぬ顔でこう言ったはずだ。初志貫徹。まだ終われない、終わらしちゃいけない。
信オンを続けているのも多分そういった想いがあって、いまだ燃えつきぬ篝火が胸の中に忸怩とうずまいてるのかもしれない。
彼のあわてない精神は一休さんの精神をはるかに凌駕している。
それは中学生時代にすでに完成されていたものであると予想する。

それほど彼は物事に動じない。

彼は日々クレーム対応に追われている。
しつこいクレーマーに対しては、逆に追い込みをかけて撃退するという。
実際、あの細い笑ったような目で冷たく微笑まれたらそこらのヤクザもビビるのではないかまじで。

そんな高坂さんが唯一不動の姿勢を崩すのは、麻雀でチョンボをしたときだ。

うあああぁぁああぁあああああああ!!!!!!

頭を抱えながらのたうちまわる。

「落ちつくんだ高坂さん!!」

俺がそう言うと、外に飛び出して数分後に帰ってきた。

file10.jpg

こんな高坂さんの行く末を命の有る限り見届けていこうと思う。

てへぺろ(・ω<)

テーマ : つぶやき
ジャンル : 日記

認識のボーダー 後半



紹介という言葉には様々な人の思惑が入り混じるものだ。

善意にみせかけた大いなるお節介。単純に利害関係を享受しうる関係の構築。
己の優位性を誇示するための矮小な悪意。欺瞞に満ちた友人のふりをする負のコラボレーション。
そして純粋な愛情によるコミット。

タツヲは今まさにその渦中にいる。
別に人見知りではないが、異性を改めて紹介されることに慣れてはいない。
というか、お見合いを完全否定しているような人間だから自然の成り行きの「出会い」以外は、
免疫がないのである。言ってしまえば、純粋で頑なに男女の睦ごとに関しては高潔である。

高坂が時計を見ながら「そろそろ来るな」とつぶやく。

タツヲは飲み干したアイスコーヒーのグラスに残る氷をジャラジャラとマドラーで鳴らしながら、
落ち着かない。

「やっべ!まじやっべ!げーすー緊張してきた」

「大袈裟なんだよ。さすが僧兵だな」

高坂の気の利いたダジャレも今のタツヲには刺さらない。
顔色はそれに反して青くなりつつある。
まるで腐った屍体のように顔色が悪い。


「おい、大丈夫か?トイレにでも行ってこいよ」

見兼ねた高坂がそう言うと、力なく頷きながら席をたつ。

「ちっと行ってくる…」

見ると足はガクガクさせて体全体を子猫のように震わせている。
今、喧嘩を売られたら小学生にもカツアゲされそうな風体である。

「大丈夫かあいつ…」

心配そうに丸めた背中を見ながらため息を吐く高坂。
始まる前からこれでは前途多難は必死。
どげんかせんとかんと頭を捻るがいい知恵は浮かんでこない。

それより、ここのウエイトレスの制服がエロ可愛いく、粒ぞろいなので
鬼のいぬ間にたっぷりと目の保養ができるのが嬉しい。
タツヲのことは成り行きまかせでなんとかなるだろう。

にしても、あのカウンターにいる娘、いい足してるなとチラ見をする。
くそっ、やりてぇなと高坂はたぎる股間を抑えて少し前かがみになる。
正直、彼女がこなければ、粉をかけて軟派していただろう。

男の性衝動は愛情のSEXと放出のSEXがある。
これは男の有史以来の生まれ持ったDNAのせいであると俺の空の安田一平が言うとった。
彼女がいてもやりたいものはやりたいし、それは自然の摂理である。

一度、高坂は浮気がばれた時に、彼女に言い訳をするためにこの理屈を説いた。
すると彼女は、激昂するのを抑えて考え込んだ。

「そう…。男の人ってそうなの。放出…女とはメカニズムが違うんだものね。それじゃ仕方ないわ」

そう言って納得して笑った。


が、次の瞬間に股間をけたたましく蹴り上げられた。

「んなわけあるかぁボケェ!!」

「ばもらぁ><!!」

睾丸が破裂せんばかりに蹴り上げられて、高坂は白眼をむいて蟹のように泡を吹いてぶったおれた。

いくら浮気の詭弁を弄しても、女性には通じないのである。
高坂はその後こってりと色々と絞られ、二度と浮気をしないとの念書まで書かされたという。
浮気はばれてはいけない。
嫁は知らない知られちゃいけない。
ばれるならやるな。やるならばれるな。これはぶれることのない高坂のモットーである。

そんなことをつらつら考えていると、トイレからタツヲが青い顔をして帰ってきた。
見るとかけているメガネのレンズに少し曇りが生じている。

<どんだけ緊張こいてるんだこいつは〜>

高坂は口にこそ出さなかったが、さすがに見ていて疲れてきた。

タツヲはげっそりとして、内臓まで放り出したような面を見せていた。
緊張感が融点に達するとタツヲの精神は内部崩壊して自律神経を失う。

いきなり、手を大きく広げて

「なんて日だ!!」

バイキングのギャグを力いっぱい大声で叫んだ。
完全にあっち系の人になってしまっている。
一瞬、店内の客から一斉に何事かと注目を集めた。

高坂はあわてて、手招きをして、なんでもないよと頭をぺこりと下げる。

「どうしたよいったい」

少しイライラしながら小声で訊くと、タツヲは鼻息で曇らせた眼鏡を外して呻くようにテーブルに手をついた。

「気持ち悪くなってきた…」

「お前なぁ…」

「でも眼鏡外したら少し気分が楽になった。眼鏡外して会おうかな」

「ちょっ!まてよ。お前の眼鏡はコブラのサイコガンと同じでキャラが唯一立てるアイテムだぞ。それ外したらお前はただの人じゃんか」

「俺は銀魂の新八じゃねえよ。それに眼鏡が唯一のキャラだちアイテムって影が薄すぎんだろ俺」

「客観視しろよ。お前は眼鏡あってこそのタツヲだ。眼鏡がないお前はタツヲですらない。タダのウンコ」

「俺に謝れよ。てか、俺は眼鏡しかアイデンティティーを保てるものがないのかよ!」

「ない。あきらめろ」

「ひでぇ…;高坂っち、お前人間じゃねーよ…」

「おりゃーヤクザなんだよ」

「どうりで真珠いれてるわけだな」

「見たのかよ!真珠なんかいれてるわけねーだろ。人聞きの悪い」


タツヲと高坂がそんな愚にもつかないやりとりをしていると、
店に二人連れの若い女性が入ってきた。
髪を後ろに縛って黒髪を揺らしている水色のワンピの女性がこっちを見て手を振った。
すらっとした美人である。
高坂の彼女の明美だ。

その横でおどおどしながら明美の陰に隠れているのが、紹介したい友人らしい。
顔がよく見えないが、背は明美より低く服装は白いブルゾンのジャケットとミニスカートから覗く足が可愛らしく見える。

タツヲの動機が激しい。
ドックンドックンと音まで聞こえてくるようだった。
緊張感はもはや臨界点にまで達している。

「こ、こ、こ、高坂っち…」

「声が震えてんぞ。まぁ深呼吸しろ」

「お、お、お、俺ぁ、まず何をしたらいい?彼女が話す時俺は何を…」

「とにかく笑顔で頷け。相槌を打て。話を合わせろ。お前の話はそれからだ」

「わ、わしゃ、き、き、聞いてるだけでええのんか?」

「なんでジジイ口調なんだよ。そうだ、まずは徹底的に受けろ。彼女がピッチャー。お前がキャッチャー。話題は俺が誘導してやる」

「わ、わ、わかった。よ、よ、よろちゅく頼む;」

「噛むほど緊張することでもないだろうに…。まぁまかせとけ」


高坂はそう言うと、彼女に手を振り返してテーブルに呼んだ。

「オマタセェ。ごめんなんさい。ちょっと特急に遅れちゃって」

明美は高坂とタツヲに目配せしながら手を合わせて謝った。

「タツヲさんもおっひさぁ!今日はよろしくねん」

「へ、へい。喜んで!」

返事は威勢がいいのだが顔色は悪くまさにタツヲ・イズ・デッド状態だ。
緊張も臨界点をすぎると精神世界に意識は飛ぶ。

明美はそんなタツヲの様子を見てそっと高坂に耳打ちする。

「ちょ、ちょっとぉ!彼大丈夫?なんか変んな汗かいてるし病気じゃないの?」

「大丈夫だ。ちょっと眼鏡が具合が悪いだけさ」

「眼鏡の具合?なにそれ」

「奴の切り札さ。それが唯一の武器なんだ」

「眼鏡が武器??よくわからないけど、ま、いっか。じゃあちょっと座ってお話しましょう」

「だな。まずは自己紹介からさせよう」


4人掛けのゆったりしたテーブル席に移動すると、
男女向かい合わせに座ることになった。

手前に初対面の二人。
奥は高坂と明美だ。

「あ〜、じゃあ簡単な自己紹介から、かな」

と、高坂がリードする。

明美が続けて

「じゃあ、あたしは全員と面識があるからいいとして…今日の主賓を紹介するね」

すると、隣にいる明美の友人はちいさく体を震わせた。
長い赤っちゃけた色の髪を前に垂らして俯いているので、その顔がなかなか見えにくい。
もじもじしながら、落ち着かない様子である。
もっともそれはタツヲも同じことだが。

「亜子。ほら自分で自己紹介して。ほらほらぁ」

「う…うん」

亜子と呼ばれた娘は、こくんと頷いて顔をゆっくりとあげた。

その瞬間、タツヲに脳髄に衝撃が走った!

zukyun


makis


「初めまして…。岬 亜子です。ペルフェローナ美術大学に通う2年生です…」

こ、これはーーーーー!!!!!

タツヲは刹那、飛ぶ夢を見た。
↓こんなん
tobih

タツヲはそのまま気を失って病院に搬送された。

明美が驚いて、声をかけてやりなよと高坂に云う。

高坂は面倒くさそうな顔をしたがきを失っているタツヲの耳元で大声で叫んだ。

「元気ですかー!?」

もちろん元気なわけはなかった。

原因は突発性の貧血だそうで心配はなかった。
しかしタツヲは大事をとって1週間の入院を余儀なくされた。
明美の友人の亜子は、その後すぐにサークルの先輩から告られてつきあうことになったらしい。

高坂と明美がマクドで食事をとっている。
ふぅとため息まじりに高坂がぼやく。

「タツオの奴、逃した魚は大きかったなぁ…」

「亜子ねぇ…。ちょっと可愛すぎたかもねえ。タツヲさんには刺激が強すぎて舞い上がってしまったのかしら」

「人間、思いがけない幸運が転がり込むと、期待はしてないよと口では言ってもパニックになるものだな」

「今度は…2代目、引田天功みたいな娘にしておこうかな」

「微妙すぎだな」

「だよね」

二人はくすくすと笑って外の歩いているカップルたちに目を移した。


タツヲはあれ以来、フォークギターを手にしてばんばひろふみや、南こうせつを歌うようになっていた。
普段の格好も長髪にバンダナというスタイルになった。
そして、ことあるごとに部屋で「ラブ&ピース!」と叫んでいるので、大家から苦情がきている。

タツヲはあの一件以来、自分に言い聞かせている。

認識せよ。
そして達観するのだと。

期待からの裏切り、落胆。
そしてその逆もしかり。

女の可愛いを少しだけ信じるようになったタツヲは、今地球に向けて愛を発信している。


わけねえだろ。


【お終い】






テーマ : 日記というか、雑記というか…
ジャンル : 日記

ペーパーレスか 続 短編習作

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ストラウス教会の風見鶏に陽が差し込むとき、ゲットーの朝は始まる。

マソは昨日、死に物狂いで原稿を完成させて、データをサブチーフのベルに送った。
これでリテイクが出なければ仕事は完了だ。
ベルは、この仕事に就いてまだ日が浅く24歳の若手だが、聡明で話のわかる女性だった。ついでに褐色の肌を持つグラマー美人なのもマソは気に入ってる。
前任のエピファニーは美しい名前とは半比例して恐ろしく我が強く、傲慢な女性で何度も衝突した。
結婚を機に退職したらしいが、あれを嫁にもらう男はマザーテレサよりも深い慈愛の持ち主だなと素直に尊敬する。
もっとも仕事上の顔しか見ていないので、プライベートはどう化けるのか想像もつかない。

とにかくリアルショットで録画されたムービーを再生しながら取材内容も確認したし、整合性もとれている。
クレームチェックも万全。後はベルの上司のラッツイォがGOサインを出してくれることを願う。
土壇場で構成を何度もひっくり返されて煮え湯を飲まされてはいるが、いいものにはいいと賞賛する公正さは持っている男だ。

さて、では本題のサイファーだ。
それを考えるだけでマソは、雨の日に濡れた靴を我慢して歩いてるような惨めな気分になってきた。

下手な言い訳は逆に怒りを買うだけだろう。
とにかく真摯に謝罪をして誤解を解いていくしかない。
マソはサイファーと直接話したことは無い。
噂ではかなりの巨漢でナルシストらしい。

奴の前で口にしてはいけないNGワードがあるとタツヲが教えてくれた。

豚とデブ だ。

普通に話してれば、出てくるわけもない単語だが、うっかり口にした奴は一瞬であの世でツイストを踊ることになるらしい。調子に乗ってしゃべりすぎると身を滅ぼすってことだ。口は災いのもと。

早速デポットのコールに記憶に無いナンバーが表示された。
覚悟を決めてコールに出る。

「はい」

「……マソ・バスキアンか?」

コールしてきた相手は野太く低いしわがれ声で聞いてきた。

「そうだ」

マソはできるだけ平静を装って短く答える。

「サイファーが会いたいそうだ。明日の午後5時にレグナス・アベニューの通り沿いにあるアーケロンって店に来な」

「…わかった」

「必ず来いよ。後悔したくなかったらな」

そこでプッツリとコールは切れた。

マソはデポットをキャビンに置いて、セックスプラウトに火を点けた。
膝がガクガクしてきたが、とりあえず準備はしておかなければならない。

揉め事(一方的な言いがかりだとしても)には2つの解決法がある。
誤解を解いて相手と信頼関係を得るか、もしくは殺すかだ。
武力など0に等しいマソは当然前者を選ぶ。
それには相手の趣味嗜好をきっちり把握してから望む。
そして、もつれた紐をゆっくり解きながら殺すには惜しいと思わせる。
それが長生きするコツだ。臆病に慎重に。そして大胆にタイミングを間違えないことも重要だ。

サイファーの嗜好を掴むにはまずアニメの情報収集だ。
サイファーは伝説の東洋のマニアックなプロフェッショナル集団「フリークス」の信奉者で有名である。
側近についてる手下も失言でいつ風穴をドテッ腹にくらうか気が気ではないので、必死にアニメの知識を収集していた。
サイファーは知ったかぶりや半可通も大嫌いだからだ。

不幸中の幸いなのがタツヲ自身もフリークスと呼ばれる超絶アニメオタクだったということだ。
奴が以前自慢していたのを聞いたことがある。

「自慢じゃないが、1980から2050までのアニメーションのことなら俺以上に詳しい奴はいないね」

いきつけのパブ「バイパー」でそう嘯いていた記憶がある。
まずは情報収集だ。
物書き、特に俺のようなフリーライターは、まずアンテナを研ぎ澄ましておかなければならない。
どこに飯の種が転がっているか、ささいなことでも後々リンクしてくる事柄も可能性は0ではない。
つまり、つまらないことでも見逃さずにメモリしておくことが重要だ。それが危急のトラブルを回避する命綱になる。
俺はアニメーションなんかにさほど興味はないのだが、タツヲと友人というだけで俺の命はグラスに残ったカクテル一滴ほどには希望はあった。

サイファーはとにかく饒舌でナルシストでありロマンチストだとタツヲから聞いた。
特に抽象的な言い回しにエクスタシーを感じるらしい。
ようは大昔のラッパーMCハマーよろしくインテリぶりたいのだろう。

そういう意味ではサイファーとマソは共通点がある。
マソもローテクをこよなく愛するロマンチストだからだ。
ロマンチストはB型に多い。
時に現実的であったり時に荒唐無稽な夢想家であったり。
ようするに、歳を積み重ねても成熟しきれないガキであったり、リアリストだったりする破綻人格者が多い。
そしてB型は忘却の能力に優れている。都合の悪いことは記憶の彼方にしまいこみ、後悔を一瞬、自責を刹那。個人差はあるだろうが、超自己中心的なアンバランス感覚を持つものが多い。社会適合性があるようでいてないようで、意味のわからない人種だ。
そしてそんな特異点を持つ自分を気に入ることができるのもB型だとマソは信じている。
だが、この世界ではB型であることは徹底的にイリーガルな存在とされ、管理職などにはまず就くことができない。
ようするに高給取りにはなれない。マソはそれでもB型に誇りを持っていた。
それでこそ典型的なB型であるとも言える。

とにかく時間はない。まずはライブラリに出かけることにした。
マソは半分吸ったセックスプラックの吸いさしをアッシュトレイにこすりつけて、クローゼットを開けた。
そこから無地の襟なしファンネルに着古したデニムジャケットをはおり、ベルコモンのサングラスをかける。
玄関のシューズボックスからオフィシャル用のホワイト・フェザーズのローファーを出して履いた。

4階のアパートからB1のパーキングまでエレベータポットで移動。
パークの左奥に置いてる愛車”ベルトーネ”のイグニッショントレイにキーを差し込むと、ウィンと柔らかいうなり声をあげた。
シートに滑り込み、認証を確認すると、コクピットのコンソールパネルが花火を打ち出すように潤沢なスペクトラムを刻んで”ベルトーネ”に命を吹き込んでいく。
アイドリングが済むとナビボーグの「エイシャ」がお決まりのエールを送ってきた。

「お早うございますミスター」

「おっす!おらゴクウ。いい朝だなクォターバック」

「エラー。わたしはゴクウでもクォターバックでもありません。音声で行き先を指定してください」

マソは電話でタツヲから入手した古典的アニメショーン・ジョークをエイシャにチャレンジしたが、理解されずに一蹴された。いまいましい電子音のシャットダウン。
一世紀前のファジーAIではここまでが限界なのは想定内だが、こんなときはローテク信奉も良し悪しだ。
ちったあ粋な受け答えをしてくれてもいいだろうとないものねだりをしたくなる。
不安でがたついてる時には、そんなくだらない慰めさえも安らぎになるというのに。

マソ自身もこの言葉に何の面白さがあるのかは理解できていないのだが、タツヲが熱っぽく挨拶はこれを抑えておけばまず間違いはないと言っていた。ゴクウとはアニメの主人公なのか?確か数世紀前のチャイナ創世記の主人公の名称だった記憶があるが。
タツヲのアドバイスは思いっきり不安だった。

マソはコンソールのナビマップを指先で確認して行き先を告げた。

「シン・シティのMANDARAGEに向かってくれ」

「イエス。マイロード」

目の前のストアガレージがゆっくり上昇して光が徐々に差し込んでくる。
マソは長い一日になりそうだなとうんざりした。
しかし実際には、人生で最も長い二日間になることをマソはまだ知らなかった。


【シン・シティ】

MANDARAGEはアニメやコミックスの専門のデータ・ライブラリでガネーシャ大陸全土に100以上の店舗を持つ。もちろん、コンテンツはすべてデータ・チップで売買されオンラインでも閲覧は可能だが、グリーンIDでの閲覧以外は、タックスが倍に跳ね上がる。
マソのようなグレーIDしか持たないものは、直接ストアに出向いて旧式映像のブルーレイDisk閲覧が一般的だ。
そのほか、あらゆるコミックデータなども収蔵しているが、紙にプリントされた「本」は、ショーケースに入れられて観賞用に厳重に管理されている。
プレビューは無料だが、それも作品によって頁数が限定されている。
データベース・サーバーはある地域の砂漠の下のシェルターで運営されて厳重に管理されていた。

一直線に続くレールの左右にプロミネンスロードの建造物が立ち並び、そのガラス張りのオフィスではせわしなく、人々が動き回っていた。
ゲットーから30マイルほどミドルハイウェイを走ると、まるで異世界に来たような錯覚を起こす。
整然とした住宅群。縦に伸びた流線型の高層ビル群。
糸を引いて流れていく極彩色の景観にマソは何の感情も示さない。

世界の理には必ず表があり裏がある。
裏はねずみが這い回る下水のようなゲットーエリア。表は未来に寸分の杞憂も抱かず暮らすハイエリア。
コインは表裏一体。朝が来れば夜が来る。
それは悠久から変わらぬ退屈な事象だ。
だがそれがなんだ。
生まれた環境はどうあれ、組み込まれた塀のブロックの隙間に入り込むのはまっぴらごめんだ。
俺は俺のやりかたでのし上がって本を書き本を創る。
ハイタワーのプレイスゾーンを見るたびに想うことだった。

しばらくするとティルナノグの手前に位置するシン・シティエリアに入った。
ここはゲットーとハイランドベクター通称汚れ無き人々の地の中間にある街で、人種がさまざまに入り乱れるカオス・シティだ。

マソはスクリーンに映ったタイムカウンターを見た。

AM:9:12..

ハイウェイ降りて市街地に入ると、ルート指示のカウントダウンの表示が005になった。
あと5分で目的地に到着する。

「ちょっと早すぎたか…」

そうぼやいて瞼をこする。
あせる気持ちが時間の感覚を狂わせている。ストアのオープンは45分からだった。
トラブルを抱えているときは、すべからく時間の流れが倍速に感じられる。
そういえば朝飯も食っていない。
いつものエッグマフィンとエスプレッソを想像して急激に腹が減ってきた。

マソは車を傍に止め、シェーカーズの屋台でホットドックサンドとコーヒーを求めた。
屋台の若い店員が”ベルトーネ”をクールだなと褒めそやす。
マソは得意げに形式と年代を告げて自分の4倍以上長く生きている”じいさん”の自慢をする。
しかし、リラックスしてるわけではなく、周囲には用心深く注意を払っている。
物売りの店員とグルの強盗集団だって少なくない。
飯を食いながら後ろから撃たれる可能性だって0ではないからだ。

「さみ…」

コーヒーをすすり終わると急激に寒さが襲ってきた。
レザーコートの内側をさするように肌におっつけながら体を震わせる。
やはり外気が5度というのは骨身に滲みる。

人通りは少なく無気味なほどに静かな市街地に続くストリートは
白い靄にかぶって先が見えない。

ドアを開けて車に乗り込もうとすると、背後から硬いものを背中につきつけられる。

「動くな」

声がまだ若い。なんてこった肩凝った。
ここにきて今度は強盗か。
失意のメタファー。人生はすべからくクソッタレだとマソは嘆く。
運の悪いやつは一生かかって天中殺だ。
ケ・セラセラセラ・ケ・セラセラセラだな。
トラブルメーカー万歳である。

お次は何が飛び出すやら。

【どこかに続く】

テーマ : 日記というか、雑記というか…
ジャンル : 日記

ペーパーレスか 短編習作





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夜の闇を覆う目がくらむ程のイルミネーションカラー。
マソ・バスキアンの視線の彼方にそれは存在する。

多重構造居住施設ハイ・タワー。
ゲットーエリアからビル群を従えるように煌びやかにそびえたつテクノポリス。
マソ・バスキアンは指の隙間から漏れるカクテル光線を小さく遮りながらトリミングする。
人差し指と親指の長方形は黄金分割された適度なレイアウトでマソの目を楽しませる。
スランプ時の気分転換である。

東ゲットー地区1145-B。
半壊しそうなアパートの窓から見えるタワーの光は、皮肉にも灯りの乏しいゲットーエリアを煌煌と照らす。

ベッドに寝そべりながら、非合法の"セックス・プラック"を吸い始める。
暗く狭い部屋に白い滑らかなウェーブの輪。
甘い柑橘系の匂いが充満する。大昔はこれは"シガレット"と呼ばれていたらしい。
もっともそんな呼称などどうでもいい。
無造作にキャビンに置かれたファイバーコントロラーを手にとって電源をいれると旧式の40インチ・プラズマモニターにノイズまじりの映像が映る。

リアスクリーンには禿げ上がったスーツ姿の男が若いカップルに街頭インタビューをしている。
内容は国防関係の防衛費の増減がどうたらこうたら。
マソにとっては毛程にも興味がないもので、カテゴリーを変えると、今度は銀髪の細身の男が何やら意味のわからない絵の前で熱弁をふるっている。
絵は何も変哲もないバナナのイラストで、黒のシルエットに黄色のペイントが施されている。
マソにはこれが何の意味を持つのかは皆目わからなかったが、少なくとも男の身なりはマソの1カ月分の生活費より高いものだろうということはわかる。

そろそろ、〆切が近いなとマソは憂鬱になった。

乱雑なワーキングデスクの中央に置かれたタブレットに、カーソルの点滅がリズムを刻み、その先にヘルヴェチカのタイプフェイスで見出しがつけられている。

わざわざキーボードを使わなくても、音声感応デヴァイスによるテクスト生成で、完璧なプロポーショナルフォントがスクリーンに投影されるのだが、マソはあえてキーボードを使っている。
何よりテクストを自動で抑揚のないテンプレートに補間されるのが嫌だった。

Corrupt...

腐敗した

腐敗した…。その後のワードが続かない。
先週のルポの見出しをつけるのに悩んでもう2日。

そもそも腐敗したという見出しもどうかと考える。

民主派の上院議員カールソン・クーパーの醜聞をあげてこいとデスクからオーダーが入った。
何のことはない贈収賄と愛人問題をリークして、他社よりも先にすっぱ抜く。
それだけのことで、トピックスの閲覧は跳ね上がりストックは急上昇する。
広告クライアントの集客律もアップして収益も増える。俺のギャラ増えるってわけだ。
しかし政治家などはいつの世もよかれ悪かれ皆同じ。
清廉潔白でいたい人間が政治家などになるわけもない。

つまり奴らは哀しいまでに人間らしい人間ではないのかとマソは思う。
欲望をスーツケースに隠して、賄賂を受け取り女を抱く。
それはごく当たり前のことで、地位あるべきことが枷となり挙げ句に咎人に堕ちる滑稽さが哀れだ。
それに乗っかって蠅のように餌を求めている俺達もまた哀しいほどに人間だと自嘲した。。

ルーティーン(定時連絡)を2回ぶっちぎってるので、デスクもそろそろ、雀の雛のようにピーピー喚きだすだろう。

マソはルポライターとして、Scoop Delivery 社と契約している。
Scoop Delivery 社はここ数年で業績が落ち込み、ランキングを20位にまで落としていた。

Scoop Delivery 社の創業者ウォルター・ダンはパーソナルな表現手段としての紙媒体に最後までこだわった1人である。
頑なに輪転機を駆使してペーパーバックを制作していたが、環境資源政策によって徹底的な紙の統制がなされ、あえなく印刷物事業を撤廃。
紙の値段は高騰し、大昔にウォーター・プライスの先達が言及したように、国家総ペーパーレス時代となった。

人びとの手からは紙の新聞、文庫、雑誌などが消えた。
トイレットペーパーも消えて代わりに洗浄機の技術が発達した。
紙を使ったほとんどのメディアが電子化されたパネルになりデータに変わってから既に100年以上も経つ。
開発者の故ニック・シェリドンの長年の夢が叶ったとハイテク推進論者たちは歓喜した。
絵画やコミックなども全て電子化され、肉筆で筆を取って紙に描くのは一握りの国宝級の画家だけである。
キャンパスも絵の具も全てが庶民ではとても手に入らない高価なものとなった。

紙を使うことは究極の贅沢となり、地下で「闇紙」が取引されるようになる。
材質は劣悪のゴートパルプで生成されたフェイクペーパー通称FPと呼ばれた。
印刷は滲むしコシはなくざらっとした手触り。だが、FPによって紙と言う確かな媒体に文字や絵を投射できる喜びをクリエイターは感じていた。非公認のFPによる平綴じの簡易本まで出回るようになった。
しかし保管状態に難があり、外気にふれていると三日で紙が風化してしまう。脆弱すぎる本もどきであった。ユーザーはますます「本物」をほしがり市場は高騰する。

もちろん電子媒体での国営図書館のコンテンツは充実しているのだが、有害図書と認定された書籍は全て閲覧は不可とされている。更に電子メディアの利便性に相まって、個人でのサーバー閲覧はス防衛手段が希薄で絶えずスロッパーの危険が伴う。セキュリティ防壁を最高ランクにあげて、高度なセキュリティ・アナライザを設置しても、その障壁を破って全ての情報を丸裸にしてしまうゴーストハッカー集団が存在するのだ。
個人レベルでの書籍閲覧は、オンラインで繋がるかぎり閲覧履歴はもちろん、閲覧者の全ての情報が抽出される恐怖に晒されている。要は娯楽で気軽に書籍の閲覧はできず、閲覧制限も厳しい。

その点、紙であれば履歴は指紋ぐらいである。
それに本には「ページをめくる」といったダイナミックな指の連動がある。
次のシーンを自分の手で自分のタイミングで読めるその先の創造。

16歳の夏。マソはアカデミア在籍時に国立図書館研修でペーパーバックなるものに触れたことがある。
紙とインクの匂いが溶合った何とも言えない歴史の香り。

サンプルのペーパーバックは成績優秀者の順に触れる権利を与えられ、生徒は古き良き時代のローテクの感触を確かめていた。ようやくマソの番になりページをめくってみる。ざらついた表質のテクスチュアが指に吸い付いてくる。
印刷されたテクストは、Baskervilleのオールド書体が品よくレイアウトされ、パラグラフのスペースにも意志が感じられる。タイトルは「親和力」と記してあった。
マソは夢中になりすぎて、後ろで順番を待っているクリスティーンにつつかれるまで本を離さなかった。

それは運命の分岐だった。
紙に書かれた文字を本にして書く。
それがマソの夢となり希望となった。

卒業後のメディアトレード編集会社でもらった初任給で、薄い40ページほどのペーパーバックを買った。
古びて外装はボロボロだったが、それでも給料のほとんどがすっとんで、残りの数週間は昼飯抜きの晩飯はインスタントヌードルというサバイバルを経験した。
それでもマソは手に入れた「目標」を眺めながら、輝かしい明日がくることを信じていた。

全てが輝いて見えたあの頃。全てが…。


うとうととまどろむ、宝石のような瞬間をいきなり切り裂かれた。

玄関からドンドンとドアを叩く音がする。
ブザーを鳴らせくそったれ!と一瞬激昂しかけたが、そういえば、夜は節電のために切っていたのを忘れていたらしい。

マソは起き上がってスカウターを起動させながら玄関へ向かった。
夜の11時前。ここいらで人が訪ねてくるには遅すぎる時間だ。
壁に設置されたセキュリティボックスのシグナルを確認して、ドアスコープ から訪問者を確認する。
ゲットーは一瞬の油断もできやしできない。
ここでは一切れのパンやビスケットでも人が死ぬ。

スコープの向こうでぐるりと湾曲した男の姿が映っている。
黒い外套に短く刈り込んだ金色の髪。
友人のタツヲだ。

軽い安堵感に緊張が解ける。
ロックを外してドアを開けた。

「よぅ」

右手を上げながら挨拶したタツヲは、長身を屈めて部屋に滑り込んで来た。

「コールぐらいしろよメガネ」

マソが指を指してなじると、タツヲは家主の同意も得ずに冷蔵庫のエール缶を取り出しながら首を振る。

「履歴を見ろよ」

タツヲは円形のウェラブルデヴァイスから覗く目で心外だとばかりに抗議している。
椅子に座ると、デポットを指差しながらエールをグビグビと半分以上飲んだ。

長年のつきあいで情報享受をしながらの持ちつ持たれつの関係だ。
とにかくここでは情報が一番高値で取引される。
夜中にこいつが訪ねてくるってことは何らかのトラブル情報なのだろう。
嫌な予感しかしない。

マソは憮然としながらデポットのコール履歴を調べる。
受信欄から外れたカテゴリにールサインのアイコンシグナルが点滅していた。

「あ、来てた」

「あったりまえだ。3回はコールしたぜ」

「すまん。ナンバーがイリーガルコールになってた」

「おい。何の冗談だよそりゃあ」

「おっかしいな」

「知るかよ。どうせ無自覚の回路封鎖だろが」


マソは首を傾げながら、またセックス・プラックに火を点けた。
にしても、こんな時間になんの用だと言おうとした瞬間に、信号で急停止したエアモービルの如くマソの質問はストップした。


「マソやべえぞ」

タツヲはいつになく深刻な顔でマソを睨んだ。

「ん?」

「お前の書いた記事だよ」

「記事?」

「先月お前が書いた記事さ。それを読んでサイファーの奴が怒り狂ってる」

サイファー。
東ゲットー一帯を仕切るマフィア「リリース(解放者)」のナンバー2。
残忍でオタク。ジャパニメーション好きの享楽主義者だ。
気に入らない奴は3秒で殺すイカれた男だ。

先月は東洋のオタク文化を探るため、ルート77にあるオタクが集まるANIMAXへの潜入ルポを記事にした。
しかし、どう思い起してもサイファーが怒り狂うような文言を書いた記憶はない。

マソは頭を抱えてため息をついた。

「なんだってんだ…」

「詳しくはわからんが、とにかく何とか対処すべきだろうよ。奴は半端じゃねえ気違いだからな」

タツヲは残りのエールを流し込むと片手で缶を潰してマソに渡す。
何気ない仕草が所詮他人事という暢気さを醸し出している。
マソは苛つきながらくの字に曲がった缶を受け取るとシューターに投げ入れた。

「ま、俺にとってはサイファーが文字を読めるってのが大事件だけどな」

自分でも冴えてると思ったのか、タツヲは自分のジョークに笑い出した。
いつもなら違いないと一緒に笑い飛ばすところだが、サイファーに目をつけられてと知ったらさすがに笑えない。
冗談もTPOをわきまえないと命に関わるぞと怒鳴る気力すらなかった。

まさか…Dアニメストアを揶揄するような表現をした下りが気に入らなかったのか?
それとも、あのサイリウムを振って涙を流しているフリークス達を総称して「萌える覚醒者達」と見出しをつけたことか?

どっちにしろ、迅速に対応して誤解を解かなければ。

〆切は迫る。サイファーからは狙われる。
目の前のメガネ野郎は勝手に冷蔵庫を漁ってエールを飲んでいる。
そして明日履く靴下も洗っていない。

問題は山積みだった。

まずはできることからやる。
それしかない。

靴下を洗濯槽にぶち込んでセックス・プラックを一服しよう。
まずはそれからだ。

危急のときこそ、できることのプライオリティを決めて確実にこなすことだ。
そうすれば事態は好転の兆しも出てくるだろう。

だが、まずは…

数分後、タツヲを部屋から追い出すとクリーニングカプセルに靴下を4足放り込んでシグマ洗剤を注入した。

なんて夜だ。

明日は必ず原稿を仕上げよう。
そしてサイファーだ。
一番の問題はそれだ。

セックス・プラックを吸いながら胸の奥が鉛のように重くなるのを感じる。
まったくなんて夜なんだとぼやきながら、マソは吸い止しをアッシュトレイに投げ捨てる。

ふと、壁に貼った光学ステュートパネルに浮かびあがる絵のキャラクターが静かにこちらを見つめている。
マソはその絵をなんとなくタツヲに似てるなと思った。

【どこかに続く かもね】

fbnfgt,fmdnsbgafm,guf


んじゃ良き週末を!

テーマ : 二次創作:小説
ジャンル : 小説・文学

プロフィール

凸

Author:凸
カテゴリー:おっさん
生息地:都内在住
生業:印刷・ウェブ制作全般
血液型:B

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